歴史の真実性とは?

アメリカ横断ウルトラクイズの問題には、日本、外国を問わず歴史に関する問題が多数出されていました。

我々は、歴史問題に関しては正解の裏を取る作業に、必要以上の神経を使っていたのです。

何故なら、歴史問題は時の権力者が、都合の良いように捏造している事が多く、史実を素直に信用出来ないという性質を持っているのです。

その意味では、私は最近話題になっている著作を読んで大きなショックを受けました。

「明治維新という過ち」日本を滅ぼした吉田松陰と長州テロリスト(原田伊織・著)です。

大変刺激的なタイトルに魅かれて一読したのですが、この作品は著者の偏見でも、独断でも無いようなのです。

何故なら、日本各地に存在する郷土史研究家の著作を綿密に調査、或は各地の古老や伝説を丁寧に取材しているのです。

こうした著者の努力が、文面を通じて感じられ、我々の知っている近代史に疑問を投げかけています。

と、なると私達が学んで知っている、明治維新の真実はどうなってしまいうのでしょうか?

吉田松陰は神となって、神社に祀られていますが、単なるテロリストだった、となると頭が混乱しそうです。

「松陰神社」の画像検索結果

坂本龍馬も創られた偶像で、実態は単に目先の利く武器商人だったとは、信じがたい説です。

それはさて置き、第4回のグアムで次のような歴史関連の問題がありました。

問・天照大神は、イザナミノミコトの子供である。〇か✖か?

答・〇

解説 天照大神は日本神話の最高神の伊弉諾、伊弉冉の子供で、親神の命で高天原を統治した女神です。

この事実は、日本神話の中で、昔から日本民族に伝えられた話なので、異論の入り込む余地はありません。

しかし、時の権力者によって捏造された歴史は、歴史学者によって異説が唱えられる事もあり、真実は判明し難いという性質があります。

例えば、近代史の場合、大河ドラマが真実を描いているような錯覚を覚えますが、実は誰かの小説を原作に描いた物語だ、という事です。

フィクションであり、作者の創造物なのに、人々は真実の歴史と勘違いしてしまうのです。

特に、江戸末期から明治維新にかけては、司馬遼太郎氏の小説がベースになる事が多いので、錯覚してしまうのでしょう。

日本人には司馬氏のファンが多いので、それも仕方の無い現実でしょうね。

クイズで歴史を考える場合、物語と真実の歴史を混同しない、疑って見るのが賢明かも知れませんね。

原田伊織氏の著作「明治維新という過ち」を読んで、歴史感にショックを受けた本日の読後感でした。

 

俗称と正式名の違い

 

 

アメリカ横断ウルトラクイズの問題は、森羅万象の知識を問うのが基本姿勢でした。

世の中には、正式な学名の他、俗称と呼ばれるものが幾つかある言葉が存在します。

正式名は知っているが、俗称は知らない。或はその反対もあるので、言葉と言うのはややこしいですね。

クイズは、その様なややこしい事象を探し、問題に創り上げる作業でもありました。

第7回のデスバレーで、次のような問題が出されていました。

問・八重歯、知恵歯、糸切り歯、このうち俗に親知らずと言われるのはどれ?

答・知恵歯

解説 歯の種類は、誰でも知っているようですが、いざ問題に出されると一瞬迷ってしまうのが人情です。

知恵歯は学名・第三大臼歯と呼ばれ、歯の中で最も遅く生える歯です。

知恵歯の他、親知らずの名で親しまれています。

また、糸切り歯は犬歯と呼ばれ、昔の女性が裁縫で糸を切る時に使ったところか、その様に呼ばれていました。

八重歯は、普通に並んでいる歯の脇に別に重なるように出る歯で、愛嬌があると喜ぶ人、嫌って抜いてしまう人など人それぞれです。

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この様に、日常会話での古い表現は徐々に死語となりつつあって、若い人には通じなくなっています。

良く、日本語が乱れている、と腹を立てる年配者がおり、家でも会社でも若者に注意する人がいます。

若者だけに通用する新語が生まれる反面、死語も年々増えている、言葉とはその様な運命にあるようですね。

人間は歳を重ねると、若者の言葉使いが気になり、これに拘ると「うるさい年寄り!」と敬遠されてしまいます。

若者に嫌われても、正しい言葉使いに拘るか、気にしないで放って置くか、誰もが通る年寄りの分かれ道です。

歴史の盲点を探す

アメリカ横断ウルトラクイズの問題は、常識的な知識と常識の盲点の発掘、の2通りがありました。

所謂、素朴な疑問を追及し、真実を明かす作業で、これは問題の制作作家にとっては楽しい作業でした。

例えば、歴史の問題等は、何時、誰が、どのような手段で、と調べれば解る事実が歴史の常識になっています。

でも、日本人なら誰でも知っている常識でも、実は誰がそれを決めたのか? 不明な事柄が存在します。

例えば「富士山」との名前を付けたのは誰? と聞かれても「さあ?」と首を傾げるのが普通でしょう。

この通説は幾つも存在し、それぞれ証明の出来ないお話なので、正解は判定出来ずが正解で、クイズ問題には不向きと言えるでしょう。

その様な歴史の盲点で、次のような問題がありました。第15回のグアムでの〇✖問題です。

問・東海道の宿場を五十三次と決めたのは、徳川家康である。

答・〇

解説 東海道五十三次は、江戸時代から知られた宿場の数ですが、まさか命名者が家康将軍とは?

挑戦者の頭の中は、さぞ混乱した事でしょう。目の前には泥んこプールが待ち構えている訳です。

咄嗟の判断に迷う挑戦者の心中が解り、正にテレビの視聴者が喜びそうな問題と言えるでしょうね。

1,600年に天下分け目の関ヶ原の戦いで、東軍の家康軍が、石田三成率いる西軍を破り天下を統一しました。

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その翌年の1,601年に、家康の命により江戸の日本橋から京都の三条大橋に至る東海道に、53の宿場がある事を制定したのです。

近年は、歩け歩けブームとやらで、この五十三次を歩いて旅をする人達が増えているそうです。

尤も、区間を分け、何回かの挑戦で全行程を歩くなど、グループで愉しむ人も多いとの事です。

因みに旧街道を丁寧に歩くと、全行程は487,8Kmになるそうです。

東海道は風光明媚な場所も多く、健康維持を兼ねた趣味としては、お勧めかも知れません。但し、交通事故に気を付けて!

女性が強い問題は?

 

 

アメリカ横断ウルトラ・クイズの問題は、項目によって分類されていましたが、更に「男女別どちらが有利?」の視点でも分けていました。

理系、歴史は男性が有利。芸能、料理、ブランド関連は女性が得意など、個人差があるのは当然ながら、おおまかな分類で勝者を予想していました。

本番前に問題を並べる作業があるのですが、その場で誰が正解するか? を予想するのも我々の楽しみの一つになっていたのです。

競馬の予想屋ではありませんが、挑戦者の得意問題を記憶するのも、番組作りの大切な作業です。

私の記憶では、優秀なディレクターほど的中率が高かったように思います。

即ち、優秀なDは挑戦者の資質を良く理解して、番組に反映させていたからでしょうね。

予想の人物が正解すると、我々は目と目で「ヤッター」のように合図を送り、楽しんでいました。

例えば、第7回のナイアガラで、次のような設問がありました。

クリスチャン・ディオールの弟子で、現在は高級レストランの経営者としても知られているフランスのデザイナーは誰?

答・ピエール・カルダン

解説 この問題は料理、ファッション、ブランドに関わる正に女性が得意の問題ですね。

P・カルダンは高級レストラン「マキシムドパリ」を経営。世界展開を行い日本へも進出、東京銀座で45年間営業をしていました。

高級フランス料理とケーキが有名でしたが、2015年45年の歴史で閉店しています。

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クイズの予想。

この時は、紅1点18歳の女性がいましたが、彼女が正解したかは忘れましたが、スタッフは多分彼女の正解を予想していたはずです。

記録によれば、彼女はこの地を勝ち抜けているので、多分正解していたのかな? と思います。

各チェック・ポイントでスタッフが勝者を予想する。番組内でも「コンピューター予想」との形がありました。

ロケ現場では、その前哨戦をスタッフが行っていたのですが、当てるのは至難の技でした。

何故なら、準決勝まで進む挑戦者は、いずれも強者揃いで断トツに強いという事はありません。

多分、他のクイズ番組の王者級が揃っていたのでしょうね。番組終了から20年以上たちました。

現在でも「ウルトラクイズの優勝者」の冠で、テレビ出演をしている人が居るのですから、驚きです。

語源を辿ると面白い

アメリカ横断ウルトラ・クイズの問題には、言葉と言うジャンルがあり、更に「語源」の分類もありました。

最近のバラエティー番組では、クイズの形式を取った作品が各局で競い合っています。

多くは知識人物知り芸能人お笑いタレントなどを揃え、問題に特色を持たせて差別化を図っています。

中に日本語の語源を辿って、アレコレ推理する番組があり、何週間もこのスタイルを続けていました。

言葉には、常に発生した理由が有る訳で、それを知るのも知識欲を掻き立てる面白さが覗えます。

20年~30年前に制作された我々の番組でも、語源に焦点を絞った問題は多数出題されていました。

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例えば、第12回の東京ドームの1次予選でも次のような問題が出されていました。

問・仏教では、修行の邪魔をする悪魔を「邪魔」という。〇か✖か?

答・〇

解説 日本語で邪魔と言えば「うっとうしい」「余計なもの」「障害物」などの時に使われます。

また、お」を加え「おじゃまをする」は他家を訪問する時などに使う丁寧語でもあります。

この邪魔の語源を辿ると、実は「悪魔」の名前だったので、これは面白い発見と言えるでしょう。

日本語には、中国から伝来した言葉も多いし、仏教を語源にしたものも多数あります。

語源の辞典によれば、仏教修行の妨げをする悪魔を、邪魔と呼んだそうです。

日本語でも「お邪魔虫」と呼んでいる、余計な者と同義語に近いですね。

一つの単語が、「余計な者」或いは「丁寧語」であったり、対極の意味を持つ場合があります。

この様に日本語は難解で、だからクイズが成り立っているのですね。