大航海時代の英雄

アメリカ横断ウルトラ・クイズの問題は、日本人の一般常識を基本に創られていました。

クイズは知識を競うゲームなので、日本だけに限らず世界の一般常識も記憶すれば、先へ勝ち進む確率は高まります。

第4回のハワイで世界の常識的な設問が有りました。ハワイも含まれる世界の常識です。

問・有名な旅行家で、太平洋の名付け親となったのは誰?

答・マゼラン

解説 1,521年に最初の太平洋を航海した時、「シケ」の多かった大西洋に較べ平穏だったので「太平洋」と名付けました。

漢字で表現すると「大西洋」「太平洋」は「大」の文字が異なります。この「・」は、ハワイだとの俗説があります。

でも、これは日本人が考えた事で、マゼラン自身は漢字を理解していたわけでは無いので無関係な話でしょうね。

彼は世界の海を何度となく航海している旅行家なので、海に関する発見も数例あります。

マゼランは、南米大陸の南端のフェゴ島との間のマゼラン海峡の発見者でもあり、世界一周のヨットマンにはお馴染みです。

マゼランはポルトガル生まれの貴族であり、給料を貰いながら国家予算で船を創り、大航海時代の航海者、探検家です。

大西洋を知り尽くした彼は、太平洋の興味を持ち、数々の発見や探検を成し各地にその名を残しました。

それだけの功績が在りながら、当時のポルトガル国王と馬が合わず最後は自ら貴族の地位を捨ています。

世界中のヨットマンに取っては、彼の功績は無視出来ず、尊敬の対象でしょうね。

地球上の大海原を思う存分に航海し、探検も兼ねていた自由人だけに幸せな生涯と言えるでしょう。

本日の裏話は、太平洋の名付け親のクイズ問題から「マゼラン」の功績の一端をご紹介しました。

我が国は、周囲を海に囲まれた島国だけに「海への憧れ」も多く彼の名前も一般常識の一つです。

そこで結論!「コロナ騒動」が収まり緊急事態宣言が解かれた暁には、何はともあれ海の見える場所へ行きましょう。

そこでマスクを捨て、思い切り大声で叫びましょう。その時の言葉をアレコレ想像すれば、結構楽しい時間になるかもよ~。

 

日本の伝統、茶道の今は?

アメリカ横断ウルトラ・クイズの問題は、日本人の一般常識を基本に創られていました。

一般常識は、誰でも知っている常識ですから知らない人は「非常識」と呼ばれるので、知識を蓄積しなければ恥をかきます。

とは言え、知っているようで知らない事象も結構あります。我々は、そんな盲点を探し問題を作る事もありました。

第3回のグランドキャニオンで、知っていそうで知らない人も居る盲点の問題がありました。

問・「湯加減はいかが?」と言えば風呂のお湯の具合。では、服加減と言えば何の味加減?

答・茶・抹茶

解説 日本の伝統芸「茶道」では、茶の温度、濃淡などの加減を訊ねる言葉として使われます。

茶道は千利休を元祖として発展したものですが、最初は相手を感服させたㇼ、ある種の心理闘争の場であったようです。

戦国の武将達が強く惹かれていったのも、実践の場で役立つ心理的な駆け引きの術として学んでいたようです。

歴史的には織田信長が「茶の湯」に熱を入れ、千利休を厚遇したのはドラマなどで知られています。

本来は「茶の湯」の作法だけに限らず、人間の道徳や正しい生き方を習得する場として、嫁入り前の女性の習い事でした。

勿論、女性だけに限らず男性でも茶道の精神を学ぼうとする人も多く、日本の伝統芸となっていました。

因みに、日本の茶道人口は10年前には四百万人も居ました。しかし残念ながら、2,018年には半分近い220万人に減少です。

確かに、昭和や平成前期に比べ若い女性の考え方も変化しているので、伝統芸は古いとの人も増えているのかも知れません。

本日の裏話は、茶の湯のクイズ問題からその源流の話にまで及んでしまいました。

日本には伝統的な古い建造物を始め、文学、芸能、芸事などが数多くあり文化国家としての誇りを保っています。

その意味では、日本古来の「茶道」は末永く続いて欲しい文化と言っても良いでしょう。

新しい流行も結構ですが、反面には古いものも大切にしたい、との気持ちも残して欲しいです。お年寄りも大切に頼みますよ~。

 

 

長編小説の歴史は?

アメリカ横断ウルトラ・クイズの問題は、日本人の一般常識を基本に創られていました。

今日は子供の日なので、どんな子供に育って欲しいか? 親の気持ちを代弁するような問題を探してみました。

第2回のレイでは、美男の代表とされる歌人は?

答・在原業平

解説 六歌仙の一人に数えられる平安時代の歌人です。「伊勢物語」は、業平の自由奔放な生活を描いた物語。

今的に表現すれば、イケメンの彼は歌人としても才能を発揮、プレイ・ボーイとして女性を泣かせた男といったところです。

世の親としては、自分の子供が美男・美女に育ってくれるのは理想ですが、業平のような遊び人は御免ですね。

紫式部の「源氏物語」も平安時代の長編小説で、主人公はイケメンのプレイ・ボーイ光源氏です。

彼も容姿端麗に生まれ、「源氏物語」は恋愛と没落を描いた作品で、歴史的には日本初の長編小説となっています。

古来の日本の小説は「伊勢物語」「源氏物語」も男女の恋愛を描いた小説でした。

共に貴族社会の話で、閑を持て余した上流階級は、士農工商の一般国民とは異なる生活をしていた事が解ります。

本日の裏話は、古代の小説のクイズ問題から、昔の物語は「恋愛小説」が主流だったとのお話でした。

現代では小説の分野も多岐にわたり、その他に映画、芝居、テレビ・ドラマなど娯楽も千差万別です。

「コロナ騒動」で、閑はたっぷりありますが外出は禁止状態です。本を読むかテレビを観るか、選択肢は狭いので困りもの。

そこで結論。元のような自由気ままな生活が懐かしいですね。毎度お馴染みの締めで恐縮です。良い言葉を忘れゴメンなさ~い。

番組開始、最初の問題は?

アメリカ横断ウルトラ・クイズの問題は、日本人の一般常識を基本に創られていました。

このブログでは、毎回クイズ問題を振り返って「今だから話せる裏話」を書いて来ました。

では、番組がスタートした最初の問題は? と思う方が多分いることでしょう。

そこで本日は、第1回の最初のクイズ問題を振り返って、当時の状況をご紹介したいと思います。

昭和五二年のスタートですから、四〇年も前の出来事であり記録は全て残されているので正確な報告が出来ます。

第一次予選は、後楽園球場を借り切るほどの大番組では有りません。そこで内野席を借り切ってのスタートでした。

球場ではジャイアンツの試合がある為、選手が練習している中での〇✖の札を上げての開始でした。

全国から集まった挑戦者は四〇四名。この中で八〇名が第一次予選を通過するという戦いです。

その記念するべき第一問目は?

問・上野動物園のパンダ夫婦の名はリンリンとランランである。〇か✖か?

答・✖

解説 カンカンとランラン。その後昭和五四年九月のランランが死亡。翌年の一月に新婦のホアンホアンがやって来たのです。

因みに「リンリンとランラン」は、当時双子の女性アイドルが存在したので、勘違い問題でした。

この問題は、四〇四名の中で三八〇名が正解し、一次予選の八〇名に入ろうと懸命の戦いが始まったのです。

因みに第二問目は?

問・巨人軍長嶋監督の背番号は「3」である。

答・✖ 3は現役時代で、目の前でノックをしていた監督の背番号は90で三八〇名中一三名が脱落しました。

MCの福留さんも、「目の前で監督の背番号が見えるでしょ」と冷やかし爆笑を買ったものです。

こんな長閑なスタートでしたが、第一回の放送があると爆発的な視聴率を上げ、即第二回が放送される事になったのです。

二回目からはご存知のように、第一問は球場の外に張り出され〇と思えば内野席、罰と思えば外野席の形式になりました。

球場の外で問題が解るので、「何処で調べても良いです」と挑戦者に挑戦状を突きつけた方式になりました。

但し、何処で調べても正解が解らない「自由の女神」の問題になったのです。

そのため、アメリカ大使館に電話で問い合わせをする人間も居ましたが、日曜日なので電話には出てくれません。

その後、「自由の女神」問題が固定され、問題を創る我々も苦労する事になり笑えない状態が毎年続いたのです。

本日の裏話は、ウルトラクイズの第一回目の第一問の問題を振り返り、その当時の懐かしい状況をご紹介しました。

諺で「一〇年一昔」の言葉がありますが、我々の番組は「四〇年四つ昔」の古い話です。

でも、そんな話を毎回読んで下さる皆さんに、心よりの感謝を申し上げると共に、まだまだ気力の続く限り頑張ります。

本日は、読者の皆様への感謝の気持ちをお伝えした次第です。

 

 

 

 

二大文学賞の話です

アメリカ横断ウルトラ・クイズの問題は、日本の一般常識を基本に創られていました。

一般常識は、義務教育の中で学習しているので、記憶力が良ければ誰でも正解出来るレベルの問題でした。

問題のランクで言えば、易しいレベルなので挑戦者は先を競って早押しボタンを押していました。

第5回のノックスビルで出された問題をご紹介しましょう。年齢に関係なく正解出来ると思います。

問・太宰治の命日は桜桃忌。では、河童忌と言えば誰の命日?

答・芥川龍之介

解説 文学ファンなら誰でも知っている七月二四日が毎年の「河童忌」です。

大正時代を代表する芥川龍之介は、生前に好んで河童の絵を描き短編小説にも「河童」の作品が残されています。

純文学の代表作家である彼の好みを記念して、命日を「河童忌」と名付けたのでした。

一方、大衆文学の方は太宰治の「桜桃忌」が有名で、毎年熱心な太宰ファンが集って思い出話を愉しんでいます。

太宰治は三八歳の六月一九日に、入水自殺をし亡くなりました。この日は奇しくも彼の誕生日でした。

生前に太宰と親交のあった直木賞作家である今官一が、太宰の誕生日と亡骸が発見された日を「桜桃忌」と名付けました。

文学作家を目指す方には「芥川賞」があり、日本の文学界の登竜門として毎年何人かの作家が誕生しているのは周知の通りです。

また、大衆文学では「直木賞」が登竜門で、本日の裏話は日本の二大文学賞の成り立ちのご紹介でした。

「桜桃忌」は六月一九日、「河童忌」は七月二十四日。何れも文学ファンに取っては楽しみですが、今年の集会は難しそうです。

理由は? 誰でも知り過ぎている「コロナ騒動」のため、蜜の集会は止めなければならないからです。

本日も結論は、コロナの悪口になってしまい申し訳ありません。そろそろいい加減に、コロナも幕を引いて欲しいですね~。

 

 

アメリカ横断!ウルトラクイズの裏話