日本人の習慣

アメリカ横断ウルトラ・クイズのクイズ問題に良く我々日本人の習慣に関する問題が出されていました。

世界中どの国民にも、それぞれの生活習慣がありますが、中にはそれが発展して世界中に広がる事もあるでしょうね。

最近の話題で、アメリカの「タイム紙」が世界に影響力のある100人の最新版を発表し、この中に日本人が2人選ばれたというニュースが有りました。

一人は世界中で人気のある作家の村上春樹氏、もう一人は片づけコンサルタントの近藤麻理恵さんでした。

村上さんは毎年ノーベル文学賞の候補に挙がる有名人ですから当然として、近藤さんの名前が挙がったことに驚いた方も多いでしょうね。

しかし、この近藤さんこそ世界に影響力のある新星と言えるでしょう。

彼女は「片づけ」のカリスマで、世界中の出版社から本を出し、爆発的な売り上げを記録しているのです。

彼女の提案する片づけの方法が、世界中で理解され、やがてその方法が、片付けに関しての世界の習慣になるかもしれないのです。

という事は「世界に影響力のある100人」の資格十分と言えますね。

話が脱線しましたが、日本独特の習慣として次のような問題が第11回のグアムで出されました。

問・昔の話、戦の前に「えいえいおー!」というのは何の声?

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答・鬨の声

解説 歴史的な時代劇などで、よく観る風景ですね。仲間の志気を高め、敵に対して戦闘開始の合図となる掛け声です。

我々の子供の頃は、スポーツの試合でも開始前に円陣を組んで鬨の声を上げることもありました。

でも、最近では全くそのような光景は見ないので、忘れ去られた習慣かもしれません。

この問題は「勝鬨!」という誤答を見越した引っかけ問題でもありました。

クイズ問題には、間違え易い似たような「答」が幾つか隠されている場合があって、これを引っかけ問題と我々は呼んでいました。

 

数字の持つ不思議な力?

アメリカ横断ウルトラ・クイズの問題の中には数字に関する問題も含まれていました。

元を辿ると「宇宙数秘術」という物があるらしく、数字にはそれぞれに意味があると言われています。

お隣の中国から伝来した「占い」の類は、何故か数字が大きく関連するようで、生年月日から割り出した数字をあれこれ計算して、結論を告げるという手法が知られています。

長い歴史から得た独特の手法でしょうが、この種の占いなどは、根拠が希薄でクイズ問題には不向きといえるでしょうね。

「信じる「信じない」は個人の自由ですから、クイズの条件である「裏付け」がとれず、クイズ問題にはならないのです。

一方、数字でも人々が日常使っている「数」を当てるものは、クイズとして成り立つでしょうね。

第9回のアルバカーキーで、次のような問題が出されました。(熱気球からのバラマキクイズでした)

問・草、道具、光、といえば頭に付く数字は何?

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答・七

解説 誰でも解る簡単な問題ですが、この時の様にバラ撒きクイズで走り回り、頭の回転が鈍っている時には瞬時に答が出難いものです。

春の七草、秋の七草。道具は七つ道具といって、武士や職人が特に大切な道具をこの様に呼んでいますね。

また、能力の無いのに良い地位に付いた人達を「親の七光」と呼んで憂さを晴らしたりしています。

こうした問題は落ち着いてゆっくり考えれば、小学生でも正解出来るのでしょうが、焦ったり、興奮していると咄嗟に思い浮かばない言葉なのかもしれません。

次いでながら、七にはラッキー7のようにみんなから好かれる響きがあるようで、気の持ち方の問題ですね。

数字ではその他に、昔から四という数字を「死」と結び付けて忌み嫌うという人達がいます。

アパートや病院の病室に4号室が無かったり、駐車場に4番のスペースが無いなどは、良く見かける事です。

数字の発音の響きで、好き、嫌い、のように分けて避ける人達がいる限り、この状態は続く事でしょう。

でも、大分古い話ですが、私の愛車のナンバーが4200という事がありました。

一寸気分が晴れなかったのですが、これを見た先輩が「死にはゼロ」と読めば縁起の良い番号だ! と教えてくれました。

そうです。数字の縁起などといものは、解釈次第でどうにでもなるというお話です。

 

 

時代で変わる超難問

アメリカ横断ウルトラ・クイズのクイズ問題は放送当時の人々の知識を競うレベルで、易しい、普通、難問、超難問のように、我々は難易度を分けていました。

問題の難易度は、時代によって変わって来る事がありますね。

例えばニュ-ㇲで度々登場するような出来事は、誰でも知る機会が増えるので、その時代の易しい問題になってしまいます。

現代ならば、東日本大震災以降、原子力関連のニュースが度々取り上げられるので、一般の人でも詳しくなっています。

原子力発電所が存在する場所でも、操業停止中は女川、柏崎刈羽、美浜、浜岡、のようにクイズマニアであれば日本地図と共に頭に入っている事でしょう。

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しかし、ウルトラクイズの放送当時を振り返って見ると、現代の人には常識となっている知識も、超難問に聞こえたかもしれません。

第8回のバハマで次のような問題が出されていました。

問・日本にはセンダイ市と読む市は二つあります。一つは宮城県、もう一つは何県?

答・鹿児島県

解説 県の北西部にある市で、漢字では「川内市」と書きます。

この市が日本中の脚光を浴びたのは、原子力発電所の再稼働を巡るニュースでした。

あの当時、仙台と言えば小学生でも宮城県の県庁所在地を思い浮かべた事でしょう。

もっと言えば「青葉城」とか「伊達政宗の縁の地」「笹かまぼこ」「牛タン」などの名産品が頭をかすめるかもしれません。

でも、現代のセンダイ(川内)は、原子力発電所を想像する人が多く、言葉のイメージが変わってきています。

時代によってイメージが大きく変化する、典型的なクイズ問題をご紹介しました。

 

 

聖人の教えは有難い

アメリカ横断ウルトラ・クイズの問題の中には「言葉」という分類があり、その中に故事、諺に関する問題が含まれていました。

この様な分類は、同じ傾向のクイズ問題が続くと、視聴者が退屈するので、広い分野の問題を適当に平均して出題するための、制作サイドの都合で分けていたのです。

故事、諺の問題は沢山ありましたが、単にその意味を求めるよりは、「発案者は誰?」の様に知って得する知識の方が面白い問題と我々は考えていました。

第14回の東京ドームで諺の問題が出題されています。

問・「豚に真珠」とはイエス・キリストの残した教えである。

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答・○

解説 世界の著名な人達は数々の教えを後世に残しています。

キリスト様、お釈迦様のような聖人も、当然弟子達に尊い教えを残していますが、さて、これが誰の言葉だったのか迷うところでしょうね。

キリストの時代に、果たして真珠という宝石があったのか? というのが第1の疑問?。

そんな事を考えている内に刻々と時間が迫ってきます。

最後は「エーイ面倒だ。勘で行こう!」と走り出すのが一般的です。

ドームの○×問題は、半々に分かれるのが理想ですが、この問題も半分に分かれました。

この言葉は新約聖書マタイ伝第7章に出て来るキリストの言葉でした。

貴重な物を価値の解らない者に与えるのは無意味である、という意味です。

類語では「猫に小「馬の耳に念仏」など、動物を対比させた諺が多いですね。

そう言えば、最近はお金持ちの中国人が、大挙日本へ観光にやって来て、高価な品物を片っ端から爆買いしているというニュースを度々目にします。

こんな時に、この諺を使うと国際問題にもなりかねません。

「貧乏人の妬みだろ」と反撃を受けそうです。

そこで結論です。

「豚に真珠」などという諺は、他人を誹謗する時の悪口にしか使わないので、個人的には使わない方が平和を保てるようですよ。

日本語の遊び心

アメリカ横断ウルトラ・クイズのクイズ問題の中には日本語関連の問題が数多く出題されていました。

クイズ問題ですから、言葉の意味を単に求めるといった国語の試験的な問題は、採用されません。

正解を聞いた人が「なるほど」と感心したり「初耳だね」と知識を増やす、或は話のネタになる面白い情報が含まれて、初めてクイズ問題となるのですね。

日本には、古い昔から言葉を使ったお遊びを楽しむという文化が有りました。

例えば和歌、俳句なども言葉を上手く使いながら、決められた文字数内で、貴族や武士などが頭のお遊びをしていたものと言えるでしょう。

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その道の達人が詠んだ和歌や俳句も、クイズ問題としては常道の一つになっていました。

知識を競うのがクイズ問題ですから、恰好の題材と言えるでしょうね。

第3回のグランドキャニオンで、次のような問題がありました。

問・「竹やぶ焼けた」「たしかに貸した」など、上から読んでも下から読んでも同じ文を何という?

答・回文

解説  上から詠んでも、下から詠んでも同じ言葉になる回文は、言葉の遊びとして古い時代に始まっています。

回文歌、回文蓮歌、回文俳諧など、それぞれの分野で回文を取り入れた遊びが、粋人たちにもてはやされていたようです。

外国では、この様な言葉の遊びを聞いた事が無いので、日本人の発明した独特の文化と言えるのかも知れません。

回文では有りませんが、我々の子供の頃は「逆さ言葉」という遊びがあって、単語を逆さに読むと何んと言う? と当てっこをしたものでした。

「河馬」の逆さは? 「バカ!」お前の事だ、と言って弟をからかったりします。

「手袋」の逆さは?

「ろくぶて」。当たり! と言って相手を6回叩く。

実に幼稚なお遊びでしたが、ゲーム機などの無い昔の子供たちは、この様な遊びをしていたのでした。

ハイテクの平成アナロゴの昭和、わずか数十年なのに子供の遊びにも隔世の感がありますね。