昭和の世代の懐かしの童謡

アメリカ横断ウルトラ・クイズの問題を見ると、時代によって傾向が変わる事があります。

何時の時代にも共通する普変の事象、その時代ならではのタイムリーな問題と二つの傾向がありますね。

例えば、現代の子供達が唄う歌にしても、テレビの人気アニメやコマーシャル・ソングなどが多いのは当然です。

また、アイドル・スターのヒット曲などは、歌詞も暗記するくらい詳しい人が多いですね。

これに対し、昭和の時代の子供達は、小学唱歌や童謡を唄う事が普通の感覚でした。

だから、唱歌や童謡のクイズ問題を出しても、挑戦者達は迷わず早押しボタンを押したものでした。

第7回のデスバレーで、童謡に関する早押し問題があり、勿論正解していました。

問・童謡「お山の杉の子」で 〽これこれ杉の子おきなさい〽 と声をかけたのは何?

答・おひさま(太陽)

解説 「お山の杉の子」は作詞・吉田テフ子、サトウハチロー 作曲・佐々木すぐる、童謡のヒット作です。

その後の詞では、〽小さな杉の子 顔出して「はいはい お日さま 今日は」〽 と答えています。

昭和生まれの皆さんに取っては、誰でも唄える懐かしい童謡の一つと言えるでしょう。

処で、この歌は全編の詞を読むと、一つの物語になっているのです。抄訳すると以下の通りです。

昔々のその昔、椎の木林のすぐそばに、小さな杉の子が生えていたのです。

太陽と杉の子の会話を聞いた椎の木が、「お前みたいな小さな杉の子に何が出来る」とバカにしたのです。

怒った杉の子は、「今に見ていろ」とばかり、太陽の光を存分に浴びてグングン成長しました。

そして、椎の木林を上から見下ろして、我々杉の木は材木となって、人々の生活の役に立っていますよ、と語るのです。

実は、この歌には元歌があって、第2次大戦中の1,944年に発表された作品でした。

しかも、元歌は戦意高揚を目的に創られていたのです。従って兵隊さんの役に立つための歌詞だったのです。

しかし、日本の敗戦で平和な時代が到来。軍歌と共に、戦意高揚の歌も消えて行く運命だったのです。

でも、この歌のメロディーは広く愛されていたので、何とか残したいとの声が高まったようです。そこで……。

戦後、皆さんが親しんだ歌詞に変更。サトウハチロー氏によって、日本昔話風のストーリーに変化し愛唱歌になりました。

本日の裏話は、昭和世代の懐かしい童謡の、意外と知られていない数奇の物語をご紹介しました。

多くの日本人に親しまれた日本昔話と同じ雰囲気。                                      流石に愛唱歌って親しみ深いですね~。

 

国際紛争を避けるのは?

アメリカ横断ウルトラ・クイズの問題を振り返ると、30~40年も前の番組ながら、現代に通じる問題が時々ありました。

世の中の流行や動きは、10年周期で繰り返すとも言われているので、当然の傾向かも知れません。

第7回のニューヨークの決勝戦で、現代に共通する言葉の問題が出されていました。

問・国家と国家の緊張緩和を示す〈ゆるみ〉という意味のフランス語は?

答・デタント

解説 フランス語の(ゆるめる)との意味で、国際関係に於ける緊張緩和の言葉として共通語になっています。

何故フランス語が使われたのか? これには以下のような現実がありました。

1962年のキューバ危機に、フランスのドゴール大統領が米ソ間に緊張緩和の話し合いが必要だ、と提唱したのです。

当時は、アメリカとソ連の冷戦体制下で、世界が二極下状態になっていました。

このままでは、第3次世界大戦にもなり兼ねない、と世界中の人々が不安に感じていたのです。

そんな時にキューバ危機が発生。これを回避したのが初めてのデタントであり、以後各国が話し合いを持つようになったのです。

令和元年の今年も、中国とアメリカの緊張状態をはじめ、世界各地で国家間のデタントが必要な状態です。

特に、中国とアメリカは経済が絡んだ関税の問題で、両国が絶対に退かないとの姿勢。

トランプ大統領も習近平国家主席も、共に他人の話に耳を貸さない、似たようなタイプですからねえ。

まさに連日のニュース問題になっています。

本日の裏話は、クイズ問題に派生して話が難しい国際問題に発展してしまいました。

こうした話題はテレビのコメンテーターにお任せし、我々はデタントという言葉の解説だけにとどめたいと思います。

立場をわきまえる。平和を守るための護身術!デスね~。

 

 

 

お城の秘密

アメリカ横断ウルトラ・クイズの問題の中には、言葉に関する設問が毎回多数出されていました。

言葉と言えば「語源」を始めとして、名言、外来語など幅広い分野から知って得する情報から問題を創っていました。

第11回の準決勝、ニユージャージーで次の問題が出され、挑戦者は競って早押しボタンを押しました。

何故なら、挑戦者なら誰でも知っている「諺」を思い出したからでしょう。

問・極めて危険な場所を動物の口に例えると何の口?

答・虎の口(ここう・こくう)

解説 諺では「虎口に入らずんば、虎児を得ず」で、虎の穴に入るのは危険な事との意味ですね。

この事象から発展して「虎口」は、中世以降は城郭に於ける出入り口。それも狭い道で、危険な場所を意味していたのです。

城主の側から見れば、この道に追い込んで敵を成敗する場所。攻める側からすれば、この道に入らない事が事前の作戦でした。

多分、現代人はこうした「虎口」の真の意味は知らないのが普通でしょう。

でも、虎の口は危険で危ない場所との意味だけは、諺や慣用句として理解しているものと思われます。

中世の戦国時代に、日本各地には多数の「城」が建設されました。名城と評される城も多数あります。

明治維新で多くの城が取り壊され、「城址」だけが残ったところもありました。

しかし、昭和の戦後になって、城下町のシンボルとして城の再建ブームが起こり、各地に往年の姿が蘇ったのです。

現代では観光名所となって、四季折々イベントを開き、内外の観光客を誘致し、度々テレビで取り上げられています。

本日の裏話は、クイズ問題に関連して、戦国時代の遺産であるお城の秘密をご紹介しました。

そう言えば、名古屋城、姫路城、熊本城など、各地の名城に関する問題はクイズの定番でしたね。

又、歌でも「荒城の月」「わたしの城下町」など、お城をテーマにしたヒット・ソングがあり、お城が好きなのでしょう。

お城に郷愁を覚えるのかも知れません。外国には類のない、美しさの中にも、荘厳な雰囲気が漂ってますものね~。

 

 

 

リゾート地のイメージも大変化

アメリカ横断ウルトラ・クイズの問題を振り返ると、世の中の移り変わりが歴然と解る事があります。

時代によって、世の中が変わるのは当然としても、180度状況が変化するのは珍しい事です。

そこで変化の激しい、当時は様々話題の多かった代表例をご紹介しましょう。

第12回のゲティスバーグ、準決勝で出された問題です。

問・ミニ原宿化する事に危機感を抱き、国際交流の場として毎年留学生を招待することになった、山梨県のペンションで有名なリゾート地は?

答・清里

解説 問題文の前半は無視しても、後半の「山梨県のペンションで有名なリゾート地」だけで当時は正解出来る問題でした。

1,988年には、アジア諸国から100人の留学生を招き、国際交流の場としていました。

その効果があって、翌年には254万人が清里を訪れ、リゾート銀座と呼ばれるほどの賑わいを見せたのです。

清里が注目されたのは、70年~80年代にかけ女性誌が風光明媚な観光地として、度々取り上げていたからなのです。

若い女性が大量に訪れ、時を同じくタレント・ショップやペンションが多数建てられました。

これで清里ブームがピークを迎え、ミニ原宿と呼ばれるようになったので、クイズ問題で取り上げたのでした。

処が、バブル景気が崩壊したので、同時にブームも去って店舗やペンションの閉鎖が相次ぎ、華やかな時代は終焉したのです。

あの華やいだ「清里」に廃屋が目立ち、過疎化した姿は当時を知る人にとっては寂しい限りです。

とは言え、清里の地名が世の中から忘れ去られたという訳ではありません。

この清里の地は、八ヶ岳の東南に広がる高原で、野菜を育てる農地としては最適の環境と言えます。

先ずは日照時間が長く、昼夜の寒暖差によって発生する朝霧や霧が、野菜の生育には欠かせない要素なのだそうです。

これによって甘味がグーンと増し、トウモロコシ、キャベツ、レタス、モロッコいんげんなどの名産地になりました。

と、なると個人の農家に限らず、農業の会社経営も増え、季節に関係なく野菜が生産されて全国に配送されるようになりました。

本日の裏話は、若いギャルに人気の「清里」も30年も経過すると、イメージが全く変わってしまうというお話でした。

清里の地名で、青春時代を思い出す熟年層。一方は「美味しい野菜の産地」と答えるヤング・ママ。

人々の印象は、年代によって大差がある当然のお話でした~。

 

 

 

単なる日用品にも歴史がある

アメリカ横断ウルトラ・クイズの問題の中には、日本人の日常生活に関する問題が多数出されていました。

日常の出来事なので、誰でも知っているようですが、地方によって生活習慣も異なるので、意外と知らない事も多いのです。

そんな盲点の中から、面白い情報を拾い上げ、我々はクイズ問題に仕上げる作業をしていました。

第16回のフィラデルフィアの準決勝で、生活用品に関する頭を混乱させるような問題が出されていました。

問・薬を煮るのに用いられたことから、その名が付いた日用品といえば何?

答・薬缶(やかん)

解説 薬缶は日本中どの家庭にもある日用品です。処が薬を煮るのに用いられた、の設問で他の日用品を想像しそうです。

となると、焙烙(ほうろく)かな? 土鍋? など様々な日用品が頭の中に思い浮かんでしまいそうです。

特に焙烙は、穀類や茶などを炒ったりする素焼きの浅い土鍋なので薬を煮る事もありそうで、勘違いするかもしれません。

この場合、薬缶の漢字を知っていれば、迷うことなく正解出来る問題でした。

家庭では、ヤカンは湯を沸かす道具で、アルマイトや真鍮、銅などで作られ、用途は同じの(鉄瓶)と区別されています。

歴史的には、鎌倉時代に中国から伝来し、薬を煮出す生薬用の加熱器具として使われ、薬缶と呼ばれていました。

それが、湯を沸かす道具として便利なので、一般に普及しその名もヤカンとして庶民にも知られるようになったのです。

一般家庭にある日用品も、少し調べて見ると「語源」や「歴史」など、知って面白い話が結構あるものですね。

近年では薬缶に代わって、スイッチ一つで簡単に沸かせる「電気湯沸かし器」が普及しています。

昭和から平成、令和と時代の変化で、日用品まで次々と姿を変え単なる薬缶が懐かしい貴重な骨董品になるかも知れません。

本日の裏話は、日用品も時代の流れで価値が変わる事があるかも知れないとのお話でした。

では、ゴールデンウイークも終ったので、暇が出来たら薬缶でもゴシゴシ磨いて未来の骨董品の価値を高めましょう~。