江戸は世界の文明都市だった

アメリカ横断ウルトラ・クイズの問題は、日本人の一般常識を基本に創られていました。

一般常識は、子供と大人を比較すると人生経験の長い大人の方が子供よりも多くの知識を蓄えているのが普通です。

大人の日本人でも、知識欲が旺盛な人とそうではない人では大きな差が出てしまうのは当然でしょうね。

大人で知識欲の旺盛な方なら、五割くらいは正解出来そうな問題をご紹介しましょう。

第14回のオレゴン街道で出された、江戸時代の知識に関する問題です。

問・江戸時代、江戸八百八町の水道の源となった二大上水と言えば?

答・神田上水と玉川上水

解説 「神田上水」は、我が国初の水道事業で、江戸の北部方面に配水されていました。

田上水と玉川神田上水は1590年天正18年)に徳川家康の命を受けた、大久保藤五郎によって開かれました。

しかし、大久保藤五郎が最初に見立てた上水は小石川上水で、これをその後発展・拡張したのが神田上水といわれています。

一方の玉川上水は、多摩の羽村から四谷までの高低差92.3メートルの間に全長42.74キロメートルが築かれたのです。

羽村取水堰多摩川から取水し、現在の四谷四丁目交差点付近に付設された「水番屋」を経て市中へと分配されていました。

何れにしても、四三〇年も前の時代にこれだけの土木工事を人力だけで成功させたのですから、昔の人は大したものですね。

当時の江戸は、世界でも驚くほどの文明都市だった事が解り、日本人のご先祖様に感謝しなければならないでしょう。

近代の水道事業は、明治維新後に行われたもので百年を超えているもので、そろそろ耐用年数を超えています。

従って、東京でもアチコチで道路を掘り返して水道管を交換しているようで土木工事も大変な時代に入っています。

東京に限らず、日本中の都市にビルが乱立しています。百年後にこのビルの耐用年数が来た時の事を思うとどうなるのか?

これこそ余計な心配、年寄りの冷や水ですよね。

本日の裏話は、江戸時代の「水道に関する問題」から、昔の人は偉かったというお話になりました。

歴史は繰り返す、との言葉があります。とはいえ科学も文明も発展を続けています。

そこで結論! 未来の事は未来の人に任せましょう。なるようになるので他人の事より自分の未来を考えましょう~、と。

 

 

 

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