「君が代」の問題

アメリカ横断ウルトラクイズは、クイズ番組ですから森羅万象あらゆる分野から問題が作られていました。

今日はお正月なので日本らしい問題を振り返ってみたいと思います。

第9回の第1次予選、後楽園球場で出題された○×問題に次のような問題が出されていました。

問・

「君が代」の歌には、二番がある。○か×か?

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

解説

この問題は後楽園で出すべきか? 否か? で我々は随分迷いました。出題はクイズ問題会議で論議されて決定するのですが、賛否の意見が極端に分かれてしまうのです。

賛成派は「日本人なら知るべき常識なので、適当な問題である」

反対派は「誰でも正解するので、均等に2つに分かれない」

とは言え、スタッフ全体が「君が代」をどれほど理解しているのか、議論は白熱しました。

歌詞は誰の作品なの?

何時の時代に出来た作品?

歌詞の真の意味はどの様な事なの?

先ず、第1の驚きは、国歌であるはずの「君が代」について明確に説明できる人間が、我々の中に皆無だったのです。

正確に言うと昭和60年の当時は、まだ法律で日本の国歌としても、制定されていなかったのです。

「君が代」が日本の国歌になったのは平成11年(1999)の事だったのですね。

明治13年(1880)に歌と曲が合体して、人々に唄われるようになりましたが、法的に国歌に制定された訳では有りませんでした。

「君が代」の歌詞は小学校で習いますので、日本人なら誰でも覚えています。

でも、2番や3番があったのか? となると誰でも「ハテナ?」と首を傾げてしまいます。

物知りを自認するスタッフが多いのに、「君が代」の事を詳しく説明できる人間が皆無だったのです。

そこで、この問題は陽の目を見る事になり、後楽園でも正解は2分されました。

正解・×

「君が代」は10世紀初めに編纂された「古今和歌集」の短歌の一つで、2番3番は有りません。

鎌倉、室町の頃から、お目出度い賀詩として扱われるようになり、正月などに披露されていたのだそうです。

作者は未詳で、所謂「詠み人知らず」のまま、1,000年以上の月日が流れている訳ですね。

クイズの場合、国旗や国歌に関する問題は、解釈の異なる人も多いので慎重に扱うのが我々の習性になっていました。

でも、この問題に対しての異論やクレームは一つもなく、問題責任者としてはホッと胸を撫で下ろした記憶がありました。

 

 

「「君が代」の問題」への5件のフィードバック

  1. 問題文には「国歌」という限定はされていませんでした。
    「君が代には2番の歌詞がある。〇か×か?」
    これが正確な問題文です。
    これでも「×」が正解だと言い切れますか?

    1. 問題文に「国歌」とないのには、次の理由がありました。
      「君が代」は明治13年に国歌と決められ、日本では歌われていました。しかし、法的な根拠はなく、正式に国歌となったのは1999年(平成11年)の事でした。
      問題が放送された時代には正式に国歌といえば、それは議論を呼ぶ表現なので、我々はあえて避けたのです。
      しかし、国民の常識では「君が代」は一番しかありません。
      その後、古い文献から2番、3番を発見した、という研究者が出現していますが、放送当時は〇で正解というのが、番組の審査委員会の結論でした。

  2. こんばんは。

    「君が代○×クイズ」、ありましたね…。この問題について、「正解は○じゃないのか?」という意見があるようです。

    「近代デジタルライブラリー(国立国会図書館)」で検索すると、
    http://kindai.ndl.go.jp/index.html
    例えば、『生徒用唱歌』(編:中村安太郎、温故堂、1890年)の1ページに「君が代」が掲載されており、なんと3番まで歌詞が載っています。

    2番は「君が代は 千ひろの底の さざれ石の うの居る磯と 現はるるまで」
    3番は「君が代は 千代ともささじ 天の戸や いづる月日の 限りなければ」

    国歌としての「君が代」は1番のみのようですが、解釈によっては議論の余地が残ってしまいそうです。

    ですから、この問題や君が代の雑学の話題が出ると、私は何故か、ドキドキしてしまうのです…。

    1. 国歌としては1番だけです。その他、意見がいろいろあるのは理解できますが、それは意見のある方で議論するのが良いでしょうね。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください