今年は40周年です

アメリカ横断ウルトラ・クイズの問題を振り返って思い出を書いていますが、今年は最初の放送から40年を迎えたそうです。

これを記念して、先月の26日第1回の関係者が同窓会を開きました。40年前に現役でバリバリ活躍した仲間ですから、互いに齢をとっていました。

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最初は名前と顔が一致しない人もいましたが、司会のk氏が良い事を教えてくれました。「頭を見ず、目から下を見れば昔の顔です」との言葉です。

確かに、頭は剥げたり、白く変色していますが、顔は皆さんほとんど変わらずに「なーんだ、○○か?」と当時の仲間言葉になって大笑いでした。

司会のK氏は、当時新人のADクンで、みんなから呼び捨てでしたが、現在は現役のPDとして、素晴らしいドキュメント番組を作っています。

しかし、そんな現状を無視して、スタッフたちは昔の通り呼び捨てで「お前が全体を仕切れ」と偉そうに命令していたのです。

学校の同窓会と似て、先輩は何時まで経っても先輩風を吹かせ、後輩に偉そうに命令したがるものです。

さて、40年ぶりに明かされた様々な笑い話がありました。

第1回で、アメリカへ渡る時、日付け変更線を超える瞬間を撮影したかったS氏がカメラマンに命じた言葉、日付け変更線を手前からパンで狙えと指示。

2名のカメラマンは意味が解らず、命令の通り操作したそうです。当時のS氏はワンマンなので、スタッフは気を使って質問など出来なかったのです。

そこで、昔の疑問をS氏に正しました。

S氏は大まじめな顔で「俺は赤い日付け変更線があると思ってたんだ」との事で一同は大爆笑!

クイズに強いと自慢していたチーフDが「まさか?」と問題担当の作家達は呆気(あっけ」に取られました。

この様な笑い話が数多く紹介され、40年の月日が懐かしく思い出された、我々にとっては素晴らしい同窓会でした。

司会の福留さん敗者担当の徳光さん、スタジオのアシスタント石川牧子さん、総合演出の佐藤さん、みんな変わらず元気でした。

でも、亡くなったスタッフも多勢いて、彼らの思い出話も多く語られ、有意義な一夜を過ごす事が出来ました。

私は50年近くテレビ業界で働き、数えきれないほど番組に関わりましたが、番組の終了後の同窓会は初の体験でした。

アメリカ横断ウルトラ・クイズはその位稀有(けう)な番組だったのかも知れません。本日は内輪の裏話でした。

「今年は40周年です」への2件のフィードバック

  1. 僕もウルトラクイズはその年の放送期間中にその回数と同じ歳の誕生日を迎えていたので個人的に思い出深いものがありました。
    日付変更線の話も当時は世界を知るにもテレビで「素晴らしい世界旅行」や兼高かおるさんの番組でしか知ることができませんでしたから分かるような気がします。
    挑戦者側も定期的に同窓会を開いているようですが、今後は挑戦者とスタッフ一緒に同窓会をされてはいかがでしょうか。意外なエピソードが聞けるかもしれませんね。

    1. とても良い提案ですね。
      但し、スタッフはいまだに現役で忙しい人が多いので、参加は難しいかもしれません。
      私のように現役を退いた人なら、知らせがあれば喜んで参加するでしょう。
      でも、連絡の方法が結構大変かも知れないです。住所を変更している人が多いですからね。
      我々スタッフは、人生の重大な思い出ですから、誰しも駆け付けたいはずです。
      私見で、お答えしました。

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