リゾート地のイメージも大変化

アメリカ横断ウルトラ・クイズの問題を振り返ると、世の中の移り変わりが歴然と解る事があります。

時代によって、世の中が変わるのは当然としても、180度状況が変化するのは珍しい事です。

そこで変化の激しい、当時は様々話題の多かった代表例をご紹介しましょう。

第12回のゲティスバーグ、準決勝で出された問題です。

問・ミニ原宿化する事に危機感を抱き、国際交流の場として毎年留学生を招待することになった、山梨県のペンションで有名なリゾート地は?

答・清里

解説 問題文の前半は無視しても、後半の「山梨県のペンションで有名なリゾート地」だけで当時は正解出来る問題でした。

1,988年には、アジア諸国から100人の留学生を招き、国際交流の場としていました。

その効果があって、翌年には254万人が清里を訪れ、リゾート銀座と呼ばれるほどの賑わいを見せたのです。

清里が注目されたのは、70年~80年代にかけ女性誌が風光明媚な観光地として、度々取り上げていたからなのです。

若い女性が大量に訪れ、時を同じくタレント・ショップやペンションが多数建てられました。

これで清里ブームがピークを迎え、ミニ原宿と呼ばれるようになったので、クイズ問題で取り上げたのでした。

処が、バブル景気が崩壊したので、同時にブームも去って店舗やペンションの閉鎖が相次ぎ、華やかな時代は終焉したのです。

あの華やいだ「清里」に廃屋が目立ち、過疎化した姿は当時を知る人にとっては寂しい限りです。

とは言え、清里の地名が世の中から忘れ去られたという訳ではありません。

この清里の地は、八ヶ岳の東南に広がる高原で、野菜を育てる農地としては最適の環境と言えます。

先ずは日照時間が長く、昼夜の寒暖差によって発生する朝霧や霧が、野菜の生育には欠かせない要素なのだそうです。

これによって甘味がグーンと増し、トウモロコシ、キャベツ、レタス、モロッコいんげんなどの名産地になりました。

と、なると個人の農家に限らず、農業の会社経営も増え、季節に関係なく野菜が生産されて全国に配送されるようになりました。

本日の裏話は、若いギャルに人気の「清里」も30年も経過すると、イメージが全く変わってしまうというお話でした。

清里の地名で、青春時代を思い出す熟年層。一方は「美味しい野菜の産地」と答えるヤング・ママ。

人々の印象は、年代によって大差がある当然のお話でした~。

 

 

 

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