日本の城の歴史

アメリカ横断ウルトラ・クイズの問題は日本人として知っているべき常識から、多くの問題が創られていました。

日本は地理的に東洋の島国のため、独特の文化が守られており、欧米人にとっては異国情緒に惹かれ観光客が増えています。

中でも、日本全国に建てられている「城」は、独特の姿で、西洋の城とは全く異なります。

強固な石垣、幾重にも重なる屋根の形、更にまばゆいほどの白壁等どれをとっても見応えがあり素晴らしい眺めです。

ウルトラクイズでも「城」を答にする設問は数多くありました。そのような中で、異色の城の問題がありました。

第10回のアトランタで出された、次の問題です。

問・江戸幕府が、北の守りのためにヨーロッパの築城法を取り入れて築いた、最後の城といったら何?

答・五稜郭(ごりょうかく)

解説 明治維新の起こる前、西欧諸国が日本を植民地にしようと虎視眈々と狙っていました。

アメリカから黒船がやってきて、江戸幕府に「開国」を求めたのもその前兆ですね。

江戸幕府も戦争になる準備として、1,864年に函館港の北、4キロの平地に西洋式の五稜郭を建てたのです。

皮肉な事に、この城は外国との戦いには使われず、明治維新の時函館戦争の拠点となりました。

この戦いは、明治維新の後に起こった「戊辰戦争」の直面の一つで新政府軍と旧幕府軍の最後の戦いです。

旧幕府軍の大将は、海軍副総裁の榎本武揚。彼は旧幕臣を蝦夷地に移住させ、北の防備に当たらせようと計画したのです。

しかし、反対する新政府軍との戦いになり、新選組副隊長の土方歳三が戦死しています。

維新後の事件としては大きな出来事で、NHKの大河ドラマ「獅子の時代」(1,980年)

NHK大型ドラマ「新選組土方歳三最後の一日」などの作品で詳しく描かれていて、日本の近代史の一ページを飾っています。

本日の裏話は、日本のお城の問題でしたが、最後に築かれたのが何と西洋式で、しかも日本人同士の戦いの場だったのです。

日本のお城は、明治維新の後大多数が取り壊されましたが、その後地元の名所として各地で正確に復元されています。

建築物として「お城」「神社」「お寺」と共に世界中の技術者が驚くほど精密で、現地を訪ねているようです。

噂はSNSで拡散され、外人旅行者も城下町を目指す数が倍増しています。日本人もお城の姿には郷愁を誘われますね~。

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