徳川将軍の人気者は?

アメリカ横断ウルトラ・クイズの問題には、日本の歴史に関する問題が時々出されていました。

日本人ですから自国の歴史を学び、、それを常識として身に付けているべきでしょう。

とは言え、歴史上の細かな年表を記憶するのは大変な努力が必要です。

クイズの知識として、是非とも知って欲しいのは、鎌倉時代から始まって室町時代、江戸時代などの将軍の業績が大切です。

どの将軍が残した「偉業」逆に「失策」は歴史に残る出来事なので、知識として押さえて置くべきでしょう。

特に徳川家康から始まった「江戸時代」は、264年続いた長い政権で、将軍の数も15代と多かったのです。

従って、その将軍達の在位中の出来事を記憶して置けば、歴史に詳しいとして勝ち進む確率は高まります。

そこで、徳川時代の将軍に関する知識を測る典型的な問題をご紹介しましょう。

第7回の後楽園球場で行われた、第一次予選の二問目に出された問題です。

問・徳川十五代将軍の中で、一番長生きしたのは、家康である。〇か✖か?

答・✖

解説 家康は日頃から健康に留意し、長生きをした人物として知られています。

実際には七十五歳まで生き、十五代将軍の中では二番めの長寿でした。

一番の長生きは、十五代の慶喜で明治維新の後、大正二年まで長生きし享年七十七歳でした。

因みに、一番早死にしたのは第七代将軍「家継」で、八歳で亡くなっています。

この後を継いだ八代将軍が、時代劇でも大活躍する徳川吉宗でした。彼は家康の曾孫で、徳川御三家の紀州藩主でした。

元々は兄弟も多く、藩主になるはずでは無かったのですが、父と二人の兄が亡くなり紀州藩を継いだのです。

そんな折、第七代「家継」の早逝で、徳川御三家の中から江戸幕府の第八代将軍に抜擢されたのです。

彼は、信頼する部下大岡忠相と共に、江戸の火事を減らそうといろは四十八組の街火消を組織。

時代劇ドラマ、「暴れん坊将軍」ではめ組の辰五郎と組んで大活躍しましたね。

実際のめ組の辰五郎は、喧嘩大好きで相撲の力士と大喧嘩を繰り広げ、江戸歌舞伎の演目となりました。

この話が語り継がれ、昭和の時代に「暴れん坊将軍」のモデルになったと伝えられています。

実物の吉宗は「享保の改革」を実行するなど名君と称され、息子の家重に将軍の座を譲った後も大御所として権力を維持。

数々の業績を残し、十五代将軍の中でも後世に名を残したという意味では、特別な存在感と言えるでしょう。

本日の裏話は、徳川幕府の十五代将軍の中での人気者に関して、そのエピソードの一端をご紹介しました。

昭和の時代には、テレビで人気の時代劇が沢山あり、毎週楽しみにしていた方も多かったですね。

「水戸黄門」「銭形平次」「鬼平犯科帳」「子連れ狼」東山の金さん」数々のシリーズがありました。

でも、今ではその数も減少。時々リバイバルの時代劇を見ようとすると「古臭いドラマはやめて~」の声がかかります。

年配者にとっては楽しみも少なくなりました。老若男女問わず楽しめる番組はやっぱりクイズ番組ですよね~。納得!

 

 

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください