天国に近いタヒチの歴史

アメリカ横断ウルトラ・クイズは、アメリカ大陸を始めとして、世界各地を旅しながらクイズを行ってきました。

我々は、世界各地のロケ地を紹介する事も番組の目的でしたので、毎回ロケ地の当地問題を出題していました。

クイズが終了した時に、次の目的地は「〇〇」と発表しているので、挑戦者は移動期間に猛勉強していました。

その結果、我々は難問と思える難しいクイズにも、結構正解者がいましたので、優勝候補として注目していたのです。

第14回のタヒチで行われた「奇襲! ゲリラになった私クイズ」で次の問題が出されていました。

問・航海時代のタヒチで起こった「バウンティ号の反乱」。「バウンティ」はどこの国の戦艦?

答・イギリス

解説 1,780年代イギリスはスペインから奪った太平洋の島々で、大規模なサトウキビ農場を経営していました。

1787年12月、パンノキ移植の命令を受けたバウンティ号は、イギリスを出航。喜望峰を経由し、タヒチに向かう航海でした。

乗組員は46人、艦長はクックの航海で航海長をつとめた男でした。彼は規律に厳格で、乗組員達から嫌われていました。

1788年10月、バウンティ号はようやくタヒチに到着。苦しい航海に耐えた乗組員にとってそこは天国でした。

彼らはパンノキの採取をしながら、島での生活を楽しみ、現地の女性と結婚する者も現れたのです。

そんな愉しい生活の最中に、イギリスから帰国命令が出たので船員は反乱を起こし、船長と忠実な海軍士官を追放したのです。

この事件を「バウンティ号の反乱事件」と呼ばれ、イギリスでは歴史の残る犯罪でした。

結局、島に残った乗組員はその後逮捕されて帰国。また、小さな離れ島に逃げて、生き延びた船員と家族もいました。

しかし、彼らの家族は何も無い島ですから、疫病に罹り全員が死亡したと記録されているようです。

タヒチは我々から見ると、美しい島国で人々も親切でした。天国に近い島国ですが、過去には悲惨な歴史が潜んでいたのです。

本日の裏話は、南太平洋の「夢の島タヒチ」のご当地問題から、意外とも思える歴史のご紹介でした。

このお話は有名な事件だけに、何度か映画化されていますのでご覧になった方もいるかも知れませんね。

タヒチと言えばゴーギャンを思い浮かべますが、もう一つ「イギリス海軍の反乱事件」という話のネタに出来ましたね~。

 

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください