司会の高島忠夫さんは気配りの人

メリカ横断ウルトラクイズの司会者は?
このようなクイズ問題が出たとします。
一般には福留さんという答えが多いでしょうね。
でも、番組の司会者は高島忠夫さんと石川牧子さんが正解です。
福留さんは、現地リポーターという立場で、クイズ問題を出題しながらアメリカ各地を旅をする係りなのです。
でも、番組の顔として人気があったので、福留さんの番組と思われている方が多いのも事実でしょうね。
でも、ウルトラクイズ司会者は高島忠夫さんなのです。

こで、今日はスタジオ部分を担当した高島さんの事を書いてみたいと思います。
本来、高島さんは映画スターだった方ですから、番組の司会者としてがありますよね。
それに陽気で親しみが持てるキャラクターなので、番組全体が明るく展開して行く効果を出せる方でした。
ゲームで敗者がひどい罰を受けても、それを笑って済ませるように運んでしまうのは高島さんと石川さんの軽妙な会話でした。
結果的に言えば、このスタジオでの絶妙なやりとりが番組を牽引していたのですが、そのような評価をあまり聞かないのは残念なことでした。
島さんはベテラン俳優だけにスタジオでも、周囲に気を配り、スタッフを笑わせながら楽しい雰囲気を作るのが得意でした。
中でも忘れられないのは、毎年「差し入れ」といって高島さんが必ず届けてくれた食べ物があるのです。
それは有名店の「茶巾寿司」でした。
因みに茶巾寿司とは、五目鮨を薄焼き玉子で包み、干ぴょうや細昆布で縛ったものです。
収録時のスタジオには、PやDの他、カメラマン、照明マン、音声、セット関係など沢山のスタッフが居りますが、全員に行き渡るような大量の差し入れを毎年届けてくれたのです。
だから今でも茶巾寿司を見ると、ウルトラクイズのスタジオ収録が思い出され、懐かしむのは、私だけではないはずです。
多分、ウルトラクイズのスタッフの大半が、私と同じような思い出を持った事と思います。

スタジオ

ウルトラクイズの優勝者は凄い人達でした

メリカ横断ウルトラクイズチャンピオンは、17大会あったわけですから正確には17人います。
思い出すとそれぞれの回で頂点に立った人達ですから、クイズの実力は半端なものではありません。
良く受ける質問ですが、
「その中で1番強いのは誰ですか?」
と聞かれる事があります。
でも、私はそのような質問に答える事はありません。
毎回、優勝する人の実力には感嘆するばかりで、甲乙を付けられる訳が無いからです。
それらの人を一堂に集めてチャンピオン大会でもやれば、実力がハッキリするのでしょうが、日本テレビでは、そのような番組を作る気配はありません。
ころが……
TBSでそのような番組があるのですね。
今年も1月8日(火)に放送がありました。

TBS

して「超人気クイズ番組、王座決定戦。THEクイズ神」がその番組でした。
このブログをご覧の方は、クイズ好きの皆さんだと思いますので、ご覧になった人も多いと思います。
その前に、永い事年賀状をやり取りしていた第13回の優勝者、長戸勇人さんから今年も年賀状を戴きました。
文面に
「ここへ来てウルトラクイズ絡みのイベントや仕事がいろいろあります」
との便りがありました。
なるほど、今年も彼が「THEクイズ神」に出場するのだな、と思い当日チャンネルをTBSに合わせて待ちました。
組が始まると、予想通り彼の顔がテレビでアップで映し出され、なんだか身内が番組に出ているような楽しい気分になりました。
今回の放送では、彼は優勝候補として紹介されていました。
確かに彼の知識は並外れていたので、それもあって当然といえるでしょう。
各テレビ局の人気クイズ番組の優勝者が出演していたのですが、我がウルトラクイズからは、13回の優勝者長戸さんの他、15回の能勢一幸さん、16回の田中健一さんと三人の方が出演していました。
過去に一ヵ月も一緒に旅をした仲間みたいな感覚です。
ずれも、ウルトラクイズに出ていた時には、強いという印象では甲乙付けがたい優れた人材ばかりでした。
私は身内を応援する気分で、久々に面白いクイズ番組を堪能させてもらう事が出来ました。
残念ながら、長戸さんは途中で敗退して番狂わせな展開になってしまいましたが、それにしても相変わらず知識は旺盛で、現役バリバリなのにびっくりさせられました。
能勢さん、田中さん共に善戦して、結果は田中さんが準優勝という成績でしたが、彼はウルトラクイズの優勝者という身分を隠し、地方予選で勝ち抜いて決勝戦まで上って来たそうです。
そらく多くの視聴者が彼の謙虚な姿勢に、好意を持たれた事でしょう。
ウルトラクイズに出演した時には、長戸さんが24歳の大学生、能勢さんが22歳で公務員、田中さんが22歳で大学生と皆さん若々しい青年でしたが、それぞれ47歳、44歳、42歳と年を重ね、立派な社会人として活躍されていますが、クイズへの情熱は全く衰えていないのに、頭が下がる思いです。
メリカ横断ウルトラクイズは、とうの昔に終わった番組とはいえ、本当に凄い挑戦者に支えられて、人気番組として歩んだものだと感謝しています。

イギリス人は記録好き

メリカ横断ウルトラクイズが、アメリカ大陸を突き抜けて、他の国へ行った事は何度かありました。
その最初のケースは第9回の時でした。
ニューヨークを突き抜けて、大西洋を渡りイギリスへ入国したのです。
ギリスと言えば紳士の国、人々もマナーに煩く、真面目でお堅い人ばかりという印象でロンドンの街に入ったのです。

ロンドン

かし、聞くと見るとでは大違い。
イギリス人お茶目振りには、仰天される事が実に多かったのを思い出します。
それは、ドーバーで行なわれたゲストクイズへの、登場者を見れば歴然とします。
ゲストクイズに現れた人達は、皆さん世界一の記録を持つ方々だったのです。
そういえば、世界一を集めたギネスブックが生まれたのもイギリスでしたよね。
ウルトラクイズの問題でも、問題制作者が多分最初に目をつけた参考資料がギネスブックだったように思います。

ギネスブック

も、我々はギネスブックから安易にネタを拾っても、クイズ問題として採用する事は少ない、という姿勢を打ち出していました。
ですから、問題制作者も出展を記入する欄に書き難く、出展ギネスブックというのは少なかったのですが、皆無と言うわけではありません。
たとえ出展がギネスであっても、タイムリーな話題性と、切り口が面白ければ充分問題になります。
話をイギリス人のお茶目ぶりに戻しましょう。
ゲストクイズに登場した人達の、世界一の記録は以下の通りでした。
○タイツの中にネズミを入れる世界一記録保持者。
この人の職業はネズミ捕獲業者で、パーティーで、曲に合わせてストリッパーの要領で踊りながらやったら馬鹿受けしたので、病み付きになったのだと言います。
○長靴にカスタード・クリームを入れて走るレースの世界チャンピオン。
因みに1マイルを5分42秒で走ったと自慢していました。
○1度に火の点いた25本の葉巻を銜えられる。大量の葉巻を銜えて吸う世界チャンピオン。
○その他、
鼻の頭でグリーン・ピースを転がすレースの世界一。
ビールを早飲みする。
パンを早食いする。

といったように、イギリスではそのような馬鹿馬鹿しい事を競う大会が毎年行なわれ、世界一を決めているのだそうです。
リンピックで世界一を目指す人は世界中に沢山いますが、このように何の得にもならないような、馬鹿馬鹿しいナンセンスな競技が毎年行なわれ、世界チャンピオンが誕生しているというのも、あの高貴な女王様のお国とは思えない話ですよね。
誰だって世界で1番となれば、頑張りたくなる、そんな心理を上手くまとめたのがギネスブックだったんですね。
ういえば、記録が好きなイギリス人らしいエピソードがありました。
イギリスのロケを終えて、次のロケ地フランスに向かう時です。
空港で、我々の荷物検査に延々と時間がかかったのです。
幾らなんでも時間がかかりすぎるので、その理由を調べました。
テレビの撮影機材は、カルネといって入国、出国の度に輸入、輸出をするという方式を取るのですが、普通はアトランダムに幾つかの箱を開けて、それが合っていれば検査合格という形で通過できるのです。
ころが、イギリスでは全てのケースを開けて、機材の品番と書類が合致しているかどうかを1つ1つ点検していたのです。
撮影機材は100個以上のケースに収められていて、それを全部照合しているのですから、短時間では不可能な作業です。
勤勉といえば勤勉なのですが、記録をしっかり確かめるという意味では、イギリス人の几帳面さを身をもって体験させられた出来事でした。
当然、飛行機は大幅に遅延し、他のお客様に大迷惑をかけてしまったのでした。

ゲストの第1号はアメリカ大統領?

メリカ横断ウルトラクイズは、常識を飛び越えた事を平然とやってしまうというのが、開始当時の評判でした。
それだけに、アメリカでも多少は知られた存在になって、かなり多数のゲストが出演しています。
そのゲストクイズの古い記録を振り返ってみると、この形式が最初に行なわれたのは第1回の時の、アメリカ大陸上陸最初のチェックポイントであったサンディエゴでのことでした。
の日は朝からスタッフ緊張した面持ちで準備に取り掛かっていました。
ロケ現場の周囲も何となく警戒態勢を演出しています。
確か挑戦者には出来るだけフォーマルな服装で参加するように注意が為されていた様に思います。
がて、辺りの気温に不似合いとも思える黒いスーツ姿の屈強な男達が、黒いリムジンを取り囲むように歩いて現れたのです。
ニュース映像でよく見る大統領の登場シーンと同じ光景が演出されています。
黒いスーツの男達はシークレット・サービスを演じていたのです。
番組的には、効果音楽としてアメリカ国歌が流されました。
此処まで演出されると、大統領の登場をイメージするのは当然と言えるでしょうね。
我々の計画通り、ゲストが車から降りて登場すると、挑戦者は全員が緊張の表情になりました。
司会の福留さんも緊張した声を出して、ゲストを紹介していました。
↓こんなイメージです

Secret_Service3

Secret_Service

ゲストクイズの1問、2問目までは当時のカーター大統領に関する問題でした。
そして3問目に出されたのが次の問題でした。
問)本当は私は誰でしょう?

カーター大統領。
カーターのそっくりさん。
カーターの従兄。

正解

組を観ていた方は半分は笑っていたでしょうが、挑戦者の皆さんは、見事に騙され、10人中正解はたったの3人という結果でした。
挑戦者とスタッフの戦いで、スタッフの演出が勝ったという典型的な例でしょうね。
ぜ、優秀な挑戦者達が騙されたのか、当時の状況はアメリカ大統領そっくりさんが、テレビのコマーシャルに出て話題になっていたのです。
だから視聴者の皆さんはその事を知っていましたが、実はそのコマーシャルが流れたのは、我々がロケーション中の事で、挑戦者達はそんな人が存在した事すら知らなかったのでした。
この問題も、番組を盛り上げる要素となって、視聴率を高める牽引力となったものだと思います。
スタッフが面白がって提出したクイズ案を、実現させてしまうのもこの番組の特徴と言っていいでしょう。

記憶に残る名言

メリカ横断ウルトラクイズの主役は敗者です。
これはキャッチコピーでも、
「知力、体力、時の運。敗者が主役のウルトラクイズ」
ということで、当時の視聴者には広く浸透していました。
そこで、今回は敗者に関する強烈な思い出を振り返ってみたいと思います。
の番組の名物空港でのジャンケンで敗退した人は、単純計算で50人×16回として800人となり、その都度敗者が悔し紛れの捨てセリフを叫ぶのが恒例になっていました。
その中で、特に強く印象に残ったのは第2回の時に聞いた1言です。
「仏は我を、見離したかー!」
このように絶叫したのは、袈裟姿の若いお坊さんでした。
会場が爆笑の渦になったのが、強く記憶されました。
このようなアドリブは、作家が考えてもなかなか飛び出す言葉ではありません。
お笑いの専門家、落語家ならいざ知らず、このアドリブは瞬間的に飛び出したものだったのでしょうが、優れた一言だったと思います。
い事、敗者担当のアナウンサーは徳光和夫さんでしたが、この人もアドリブの名手です。
確か第6回の成田空港の屋上で、勝者が搭乗した飛行機を見送る場面で飛び出した一言でした。
敗者を引き連れて、シュプレヒコールを先導する役目でしたが、
「お前達が、泊まるホテルの社長は蝶ネクタイをしているぞー!」

というものでした。

成田空港_敗者シュプレヒコール

の言葉が、何故悔しさを晴らす凄い強烈なパンチだったかは、現代の人には解説が必要でしょうね。
その年の2月に、赤坂の「ホテルニュージャパン」が火災となって、33人が死亡するという悲惨な事故が発生していたのです。
勿論、社会的な批難が巻き起こり、その時のホテルの社長が蝶ネクタイ姿で、度々マスコミに登場していた、という社会的な背景があったのでした。