海の上を走るハイウェーでキーウエストへ

メリカ人はドデカイ事が大好き。
文豪へミングウェイが愛したというキーウエストも、それを象徴する一つでしょう。
フロリダ沖に浮かぶ数々の小島を結んで橋を架け、その数が何と42にもなるんです。
↓Key West(キーウエスト)

キーウエスト

※橋が2本あるが、右側の橋は1,935年に台風で壊れそのままになっている
でも熊本県の天草市のように、幾つかの島を橋で結んで進む道はありますが、キーウエストはなんせ桁外れ。
何しろこの道を一直線に走ると、250kmもあるというんです。
このロケハンでは、何はともあれ走ってみようという事になりました。
途中にセブンマイル・ブリッジという橋があります。
名前の通り、橋の長さが7マイル(11.2km)もあるんです。
↓セブンマイル・ブリッジ

Seven_Mile_Bridge

中の島には世界初の海中ホテルがあり、参考のために訪ねてみました。
海中のホテルへ行くには、アクアラングを装着して潜って行ったのですが、ホテルの部屋は2部屋あって、珍しいけれども素晴らしいという印象ではありません。
↓海中ホテル Jules Undersea Lodge

Jules-Undersea-Lodge

出迎えに乙姫様でも現れたのであれば、良かったんですがねえ。
ロケ地としてはパス。
たまた一直線の海の上のハイウエイを走り続け、キーウエストに到着しました。
島にはへミングウェイが、「老人と海」を始め数々の名作を書いたという自宅跡があって、今は記念館になっています。
↓ヘミングウェイ記念館

ヘミングウェイ記念館

文豪が愛した猫の子孫が庭や部屋の中に一杯飼われていて、さしずめ「ネコ屋敷」とでも言いたい感じでした。
ホテルのヨットハーバーには、ペリカンが数羽飛んできて、羽を休めたりしています。
動物園以外でペリカンを観察したのは初めての経験だったので、感動しました。
キーウエストは常夏の島で、ニューヨークが氷点下の真冬でも、30℃というのですから、アメリカは広いですよね。
島中アチコチ見て回りましたが、クイズ地点に相応しい場所が見当たりません。
我々は諦め切れずに、帰り道に7マイルブリッジのある島に寄って見ました。
辺はものすごく綺麗で、波打ち際を見ると「カブトガニ」が泳いでいるではありませんか。
手を伸ばすと簡単に捕まえる事が出来ました。
↓これがカブトガニです

カブトガニ

水に入ると、貝も結構探す事が出来ました。
そこで、この7マイルブリッジを背景にした、「早押しダブルチャンス潮干狩りクイズ」が生まれたのでした。

「早押しダブルチャンス潮干狩りクイズ」 
ダブルチャンスの名の通り、もし最初の人が誤答した場合、次の人にも回答のチャンスが回ってきます。
そして誤答した本人へのペナルティは、目の前の海へ突進し、何でも良いが大きな生きた貝を採ってくること。
その間にもクイズは間断なく進行するという形式。

航空会社の罠を避ける

行機でアチコチ飛び回っていると、いろんな出来事に出会います。
こちらにも知恵が付いて、時には災難を免れる事もあったりします。
今日はそんな出来事の1つをご紹介しましょう。
れはブラジルの各地をロケハンしていた時のことでした。
リオのカーニバルで知られる大都市リオデジャネイロから、イグアスの滝を目指して、飛行機に乗りました。

↓rio de janeiro(リオデジャネイロ)

リオデジャネイロ

↓Iguazu Falls(イグアスの滝)

イグアスの滝

行便なら良かったのですが、途中でクリチバという街を経由する便に乗ったのです。
クリチバで降りる人、新たに乗る人がいたりして一時間位の時間が経過した時の事です。
なかなか出発しないなぁと思っていたら、機内放送がありました。

「情報によると、イグアスに積乱雲が発生。雷雨で着陸が出来ない場合は、当地に引き返す可能性があります。それを避けるため、ご希望があれば、飛行を翌日に変更なさってください。今夜のホテル代は当社が負担いたします」
という内容の放送でした。
ると乗客が1人2人と立ち上がって、降りはじめたのです。
間もなくこの波はぞろぞろに変わり、結局機内には10数人しか残っていません。
我々はスケジュールの関係で、是非とも今夜中にイグアスに行かなければならない状況です。
どうするか迷っていると、隣の席のK氏が耳元で囁きました。

「こいつは怪しい!」
「何で?」
と私。
「さっき、通路で客とスチュワーデスが揉めていたでしょ?」

そう言えば、確かに客が2人とスチュワーデスが、揉めていたようだったのを思い出しました。
「僕はトイレに行く振りをして、彼らの話を聞いていたんです。それによるとどうやら席がダブルブッキングされていたらしく、互いに譲らないんですよ」

「なるほど。機内は満席だし、それで困った航空会社が雷雨などと言うガセネタをでっち上げ、1人か2人降ろそうと仕掛けたわけだ」

「それに決まってますよ」。
々の意見は一致し、そのままイグアスに向かって飛行したのです。
その結果、イグアス空港に着陸すると、何と雲一つない満天の星空で、予想は見事にピンポーンでした。

れにしても航空会社は、わずかなミスのお蔭で、ホテル代が大損だったのは間違いありません。

こんな事って、実際にあるんですねえ。
下の画像のように搭乗するわけにはいかないし。。。

オーバーブッキング

スタッフと挑戦者の距離

メリカ横断!ウルトラクイズをご覧になったみなさんは、スタッフ挑戦者は毎日一緒に飛行機に乗ったり、同じホテルに泊まっているのだから、さぞや仲良くしているものだろうと思われるかもしれません。
でも実際は、この両者にはかなりの距離が置かれていたのです。
ず、ホテルは出来る限り別の場所に泊まります。
食事も一緒になるような事はあまりありません。
クイズの本番当日も、クイズが開始される直前に会場に到着するようにスケジュールが組まれています。
スタッフと私的な会話を交わす時間はほとんど持てないように、配慮しているのです。
ただ例外もあって、司会者、デレクター、構成の私は時々挑戦者と会食をし、彼らの心境や個人情報を聞き出し、番組に生かすような材料を探しました。
戦者とスタッフの距離を置いたのには理由があります。
もし、挑戦者とスタッフが親しく言葉を交わすようになると、クイズの公平さが疑われないとも限りません。
ましてや挑戦者には可愛いお嬢さんや、イケメンの男子もいたりします。
スタッフの若者や女性スタッフが、こういった挑戦者に好意を持ったとしたらどうでしょう?
有り得ないとは思いますが、えこ贔屓が起こらないとも限りません。
一瞬でも視聴者がそのような疑いを抱いたなら、番組の致命傷になってしまいます。
だから、あくまでも公平に、特定の挑戦者を番組が応援しているような姿勢が出ない様に配慮していたのです。
かといって、スタッフが挑戦者に無関心というわけではありません。
それどころか全く逆で、毎日、挑戦者の言動や態度を常に細かく観察し、1人1人の魅力を引き出す作業が行なわれていました。
それが勝者と敗者の別れの場や、罰ゲームの現場で生かされ、カメラに収められて放送されたのです。
れに、もう1つ。
クイズ現場に到着した挑戦者が、辺りの景色を眺めて目を輝かし、感動する場面が毎回のように描かれていました。
役者ならそんな表現も出来るでしょうが、素人にはちょっと無理な演技です。
それを可能にしたのは、ウルトラクイズの積み上げた経験でした。
それは毎回バスに乗って、ホテルを出た瞬間から始まります。

ず、バスの窓にはブラインドが下ろされ、挑戦者にはアイマスクがされて、周囲の景色が全く見えない状況を作ります。
そして何処へ連れて行かれるのかの説明もなく、現場にバスが着きます。
そして目隠しのまま、スタッフに手を引かれて現場に立たされ、突然アイマスクが外されるのです。
初めて見た絶景(が多かった)に誰でも驚きの表情を表すハズだ、と毎回このような手順が踏まれていたのです。

↓Lake_Powell(レイク・パウエル)の絶景

Lake_Powell 

面には見えませんが、随所にこのような細かな配慮がなされ、番組は作られていました。

スタッフ達の食事はどうなっているの?

年70人近い大勢のスタッフが、1ヶ月程一緒に旅をするわけですから、3度の食事はどうなっているの?
と興味を持たれる方もいるかも知れません。
そこで10数年にわたって決められていたルールをご紹介してみたいと思います。
ず、出発前に全員に1人30ドル×日数分の食費が支給されます。
(金額は年によって多少の差があったかもしれませんが)
そして、何人かでレストランに入った場合は、身分、年齢に関係なく全員が割り勘という鉄則があります。
何故なら普通の仕事仲間で飲み食いをすれば、先輩が後輩に奢るというのが当たり前ですが、これだと先輩や上司が破産しかねません。
従って全員が公平というこのルールは、支払いの時、実に爽やかです。
メリカでは、オーダーを取る時に「お支払いはどうしますか?」と店員が聞いてくれます。
そんな時には迷わず
「セパレート!(分けてね)」という事に、全員が慣れています。 
は、全員が毎食毎に外食をするのかと言えば、そうではありません。
演出班、技術班、美術班など、仕事の分類ごとにチームが分かれていますが、各班に料理自慢という人間がいるものです。
の属するクイズ問題担当の作家チームにも、学生時代に板前の修業をしたと言う料理職人の半プロがいて、彼はロケの度に銘入りのマイ包丁を持参する腕自慢でした。
ある年から、我々はジュラルミンのケースに、炊飯器、まな板を始め、割れない食器などを詰め込んで旅をしたものです。
メリカの都市部は別として、ロケ地は広々とした自然の中が多かったので、泊まるホテルもドライブインと呼ばれる低層ホテルが多く、これらの部屋ではキッチンが付いています。
ですから、各班がスーパーに買出しに走り、我が班は「今夜はすき焼き」とか「焼肉パーティー」と情報交換をして、互いの部屋を訪ねて、食べ比べなどをしたものです。
↓スタッフの食事風景

スタッフ食事風景1

尤も、これはクイズの本番が終った日のことです。
クイズの前日には、そんな悠長な余裕はありません。
体会議が終った後には、深夜まで各担当部署に分かれた細部の詰めが、話し合われます。
全体会議の最後に、明日のスケジュールが確認され、プロデューサーから食事の割り振りが告げられます。
例えばこんな風です。
「朝食はまだ、レストランが開いていないので、パンとフルーツとコーヒーを用意しました。荷物の積み込みが終った順に食べてください」
「昼食はロケ現場に、ケータリングを用意しました。(大体周囲には人家が無い場所が多いので、街のレストランが食事を運んでくれる)」
「夜は山羊さんでお願いします」
ムムッ? ヤギさんって一体何のこと?
これはウルトラクイズのスタッフだけに通ずる隠語なのです。
山羊さんはメエメエと鳴きます。
だから銘々で、即ち各人でというダジャレから来た言葉で、飽きもせず毎回使われていました。
↓スタッフの食事風景 

スタッフ食事風景3

ついでに、ウルトラクイズ関係者にしか理解できない隠語をもう一つ。

「今日は挑戦者が同じホテルです。メアリーさんでお願いします」
というのがありました。
この意味は、
「何事も用心深く、不注意な会話をしないこと」
という警告です。
実は或る年、アメリカ人のスタッフにメアリーさんという若いお嬢さんがいました。
彼女に因んで誰かが言った言葉が定着したものです。
諺の
「壁に耳有り、障子に目有り」。
この「目有り」だけを取ってメアリーさんとなりました。
即ち、挑戦者が同宿なので、クイズの形式、問題など秘密が挑戦者にばれないように、会話は慎重にという事です。
ーテルの部屋で自炊をするのが定着したある時、マイアミの高層ホテルに宿泊しました。
しかし、我々はいつものように部屋で焼肉を始めました。
すると、匂いが廊下まで漏れ、それにつられて隣やその隣のスタッフが覗きにやってきて、人数がどんどん増えてしまったのです。
が付いたら見知らぬ外国人までが、ワインのボトルを片手に入ってきて「楽しそうだね」と仲間に加わっているではありませんか。
「これは不味い。ホテルに知れたら問題になる」
と心配したのは当然です。
ところが、その外人さんが言いました。
「僕はこの階を担当するホテルマン。今はOFFだけれど、後で消臭剤で匂いは消すから、心配ない。ジャパン、バンザーイ!」

だって。

アメリカ人って、本当に明るくて、フレンドリーな人が多いなあ、と感心しました。

↓スタッフの食事風景 

スタッフ食事風景2

世界初!海底での早押しクイズ

レイジーと言われようが、非常識と言われようが全く気にしないで、やりたい事をやってのけるアメリカ横断!ウルトラクイズ
の中でも、珍妙、馬鹿っぽさ、どのように表現しても、言い表せないのがカリブ海の海底を会場に行なわれた早押しクイズでした。
所は、バハマの首都、ナッソーの沖合いでした。

↓ナッソーの場所

ナッソー地図

ハマはカリブ諸国の中では、経済的に最も豊で安定した国といわれます。
国としては1,973年にイギリスから独立したばかりで、観光地として欧米人に人気がありました。
昼は真っ白い砂浜の海水浴場があちこちに点在しており、ヨット、水上バイク、パラセールなどマリン・スポーツが盛んです。
一転、陽が落ちれば華やかなショー・ビジネスが幕を開け、カジノで徹夜をする人も多い、と資料にありました。
となれば調査を開始、とばかり我々は現地をロケハンすることにしたのです。
この国はアフリカ系が85%、欧州系白人が12%、残る3%がアジア系及びヒスパニックだそうです。
↓bahamas?nassau ナッソー

bahamas?nassau

々が空港のロビーに出ると、現地の皆さんが素晴らしい民族楽器で癒し系のメロディーを演奏しています。
しばし立ち止まって聞き惚れていたところ、我々を日本からの客と認識したのでしょうね。
突然、坂本九さんの「上を向いて歩こう」を演奏してくれたではありませんか。
もう旅の疲れも一気に吹っ飛び大感激! 
我々ロケハン一行は「この地で絶対にクイズをやるぞ」と、決めたのでした。
に出ると、白い上着に、真紅のラインの入ったスラックス、というオモチャの兵隊さんのような衣装の警察官が交通整理をしています。

↓バハマ警察の音楽隊

バハマ警察_音楽隊

るでお伽の国へやって来たような気分になりました。
さて、それから肝心のロケハンが始まりました。
島のアチコチを見て回るのですが、美しい海岸以外に恰好な材料が見当たりません。
企画会議でこの報告をすれば、

「毎年レギュラーのクイズ地となっている『グアム島』や『ハワイ』と何処が違うの?」
と、冷たくこき下ろされた挙句、「ボツ!(没)」と却下されるのは目に見えています。
こでディレクターのS氏やK氏、コーディネーターのM氏達と焦って、島中をネタ探しに走り回った結果、面白い話を聞き込んだのです。
この地に住む白人の青年が、自分のクルーザーで世界初海底散歩をするツアーを始めたと言うのです。
どんな物なのか早速、実際に目で確かめようと、このツアーに申し込みました。
ルーザーは思ったよりも大型で、スタッフが全員乗り込んでも楽勝です。
30分ほど島の沖合いに出て、目的のポイントに着きました。
すると海底散歩のための、ヘルメットが渡されます。
このヘルメットには船上からパイプで酸素が送られますので、呼吸の心配はありません。
船のスタッフの誘導で、水深5~6メートルの海底まで案内され、そこで記念撮影のためにカメラが構えられました。

ると、あら不思議!
何処からともなく、大きな魚が何匹も現れ、私が手を差し出すとその手に抱きかかえられ、おとなしくしているではありませんか。
水中でフラッシュが焚かれますと、その瞬間、魚はスッと私の手を離れ、カメラマンに向かって泳いで行ったのです。
するとカメラマンは予め瓶に用意した餌を魚に与えます。

魚はそれを銜えて「サンキュー」とでも言いたげに、青い水中に消えていきました。
何と彼らは自然界に棲む魚をそこまで飼育していたのです。

水族館のような施設であれば、このようなことも可能かも知れませんが、大自然の海で不特定多数の魚をここまで仕込むなんて、本当に驚きでした。
↓その時の水中写真です

水中散歩

の人達の協力で、世界初となった海底でのクイズが行なわれたのでした。
5人の挑戦者がいつものように、海の底でもスーツ・ケースを引きずって現れた時には、視聴者の皆さんも、きっと爆笑してくれた事と期待してます。

あの世にも珍妙なシーンは、このようなロケハンによって生まれたものでした。