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酔狂なアメリカ人

メリカ横断ウルトラクイズで、アメリカ各地を走り回って楽しいネタを探すロケハンでは、奇妙な物を見つける事があります。
ニューメキシコ州にサンタフェという素敵な街があります。
宮沢りえさんのヘアヌード写真集で一躍有名になったこの街は、メキシコの文化が色濃く反映されていて、アメリカでは芸術の街として知られていて、街のメイン通りはメキシコ風の建物が多く、インディアン系の手芸品なども多く売られていました。
↓サンタフェ

Santa_Fe

Santa_Fe2

サンタフェは広い平原の中に忽然と現れたような街ですが、この街で聞き込んだ話で、近くの畑にピンクのキャデラックがズラリと埋められている場所があるというのです。
がどんな目的でそのような行動に出たのか、理由は解りませんが、何はともあれ実物を確かめようと現地に向かいました。
不確かな記憶ですが、サンタフェから車で2~3時間は走ったように思います。
見渡す限り畑のど真ん中とも言うべき場所に、目的のキャデラックがありました。

かにピンクのキャデラックが10台ほど、立てかけるような形で土の中に埋められていました。
ピンクのキャデラックと言えば、或る時期アメリカでは成功者の象徴のような存在でした。
例えば、あのエルビス・プレスリーが歌手として大成功した時に、大好きだった母親へのプレゼントとしてピンクのキャデラックを贈った話は、当時の若者の間では有名なエピソードとして伝えられています。
その車はプレスリーの豪邸に今でも展示されていますので、多くのプレスリー・ファンにはお馴染みの車と言っても良いでしょう。
しかし、埋められていたキャデラックは誰が何のために埋めたのか、近くに説明の看板でもあるかと思って探したのですが、手懸りはありません。
近くに住宅でもあれば調査もできるのでしょうが、見渡す限りがでその場で働いている農夫らしき人も見当たりません。

キャディラック

通は何かの宣伝のためとか、話題になって取り上げて欲しいとか、芸術的な目的があるとか、何か理由があるとは思ったのですが、私達の限られた日程の中では真実を掴むことが出来ませんでした。
とても面白い光景だとは思ったのですが、この場所をクイズ地にすると言うほどのアイディアも浮かんで来ず、残念ながらロケ地としてはパスとなってしまったのです。
確かその頃、不要の長物を「トマソン現象」と呼んで流行語になっていましたが、まさにアメリカ版のトマソン現象だったのかもしれません。
※トマソン現象は、巨人に元大リーガーの大砲として、期待されて入団したトマソンという選手が、期待外れだったところから、不要の長物としてそのように呼ばれたのです。

膨らんでいく荷物

メリカ横断ウルトラクイズは、毎年1ヶ月近いスケジュールで行なわれます。
飛行機のオーバーエクセスを考えると、費用の節約からスタッフ、出場者共にスーツケースは1人1個と決められています。
の間に改まった服装をするのは、出場者が決勝戦に望む時だけで、スタッフは特別正装の必要は無いのですが、格セクションのチーフともなると、何時どのような場面に出会うかも知れません。
一応ジャケットとネクタイくらいはスーツケースの片隅に寝かせておく必要があります。
年本番は9月の陽気の良い時期だったので、普段はTシャツかトレーナーにGパンといった楽な格好で過ごすので、楽といえば楽なほうだったでしょうね。
しかし、コースによっては寒暖の変化が多いコースに当たる場合があります。
えば、第7回のコースで振り返って見ましょう。
グアム、ハワイは常夏の世界ですからTシャツでOKです。
夕方寒さを感じれば、全員に配布されているお揃いのスタッフジャンパーを羽織れば充分です。
ころが、次のチェックポイントはカナダのバンクーバーになりました。
会場となったのはカナダの森の中で、そろそろ紅葉も始まる季節でした。
常夏のハワイとの気温差は20℃、流石にTシャツだけでは寒いので、トレーナーを羽織ったり、セーターを出す人もいます。
勿論、これらの衣装は、自分のスーツケースから引き出すわけです。
特に女性挑戦者テレビ写りの事も考えますから、組み合わせに苦心する事になってしまいます。
首にバンダナを巻いたり、周囲のお店で帽子を買ったり、それぞれが工夫を凝らすのは別の楽しみだったかもしれません。
ンクーバーが終わって、次は同じカナダのジャスパーに移動しなければなりません。
ジャスパーはカナディアンロッキーの北のリゾート地として知られています。
ハワイが、バンクーバーが、そしてジャスパーは真冬なのです。
何しろクイズ会場は大きな雪上車でなければ行けないような、コロンビア大氷河なんですから、辺りの気温だって当然氷点下です。
↓ハワイ

ハワイ

↓ジャスパー氷河

ジャスパー氷河

たちはロケハンで約3ヶ月前に来ていますので、寒さも経験済みですから、バンクーバーのショッピング・センターで防寒着と厚手の手袋を買っています。
勿論、他のスタッフにも、その情報を流していますので、彼らも寒さ対策はしているのですが、履物までは手が廻りません。
そんな時には番組の予算で長靴を大量に購入して、全員に配布するといった工夫もしました。何故なら個人が長靴など買ってしまっては、スーツケースにしまって運ぶのが大変だから。
その辺の気配りはロケーション・マネージャーの手腕にかかっています。

ジャスパー氷河2

などは、都会と田舎の町では履く靴も変えたり、結構気を使っていたので、毎日スーツケースに荷物を詰め組むのに、苦心賛嘆した物でした。
しかも、行く先々に有名メーカーのアウトレットがあったものですから、軽薄にも新しいシャツやジャンパーを見つけるとすぐに欲しくなって、次々と衣装が増えて、ニューヨークに着いたときには、別便で荷物を送るような馬鹿な真似をしていました。
れでも、当時は外国で品物を買うと、税金だけでなく、日本で買うよりもかなり安く手に入る事が出来たのでした。
何しろウルトラクイズの時代はバブル全盛の時代で、私なども必用以上にブランド物に目移りしていて、若さゆえの流行り病のようなものですかね。

局、スーツケース1つで出発した筈なのに、帰ってくる頃にはそれが2個、3個、と増えていました。

「長幼の序」が合言葉

メリカ横断ウルトラクイズでは、100人近いスタッフが凡そ1ヶ月近い旅を共にします。
テレビ制作の現場というものは、一般的に個性の強い人間の集まりでもあり、自己主張をすればキリが無いくらい、それぞれが言いたい事を主張します。
テレビの番組を作る、という目的は一緒ですが、仕事の内容は全く異なる人達の集まりですから、普通なら意見の衝突も在れば、喧嘩になるような緊迫した状態になるのは日常茶飯事といっても過言ではありません。
意見が噛み合わなければ、当然衝突が起こると言うべきでしょう。
ころが、ウルトラクイズの旅の歴史を振り返ってみると、スタッフ同士が喧嘩をしたり、いがみ合ったりという記憶が無いほど、全員が和気アイアイと毎年旅を続けて来ました。
このような大所帯で、毎年揉め事も無く、旅が続けられた理由は奇跡とも言えますが、実はスタッフ全体に浸透していた、ある言葉のお陰なのです。
れは「長幼の序」という言葉です。
辞書でこの言葉の意味を引くとお分かりでしょうが、孟子の教えで、年長者と年少者の間にある秩序の事なのです。
即ち、子供は大人を敬い、大人は子供を慈しむ、という有り難い教えです。
つまり、この精神を第一条件にして事に当たれば、無駄な揉め事で衝突をする必要はない、という意味なんですね。
いって、年長者が常に威張って自分達の意見を下に押し付けるような事ではありません。
むしろ年長者は年少者を慈しむ気持ちで、若者の意見も良く取り入れ、話合いも良く行なわれていたのです。

ウルトラスタッフ3

論、毎日が団体行動ですから、先輩が後輩に教えることも沢山有ります。
言い方を変えると「後輩を仕込む」という言葉になりますが、何時の時代も先輩の教えには、しごきが付き物で、そのようなしごきがあったからこそ、毎年立派なスタッフが育ったものと言えるでしょうね。

ウルトラスタッフ2

た、ウルトラクイズのスタッフは、毎年同じメンバーが参加するようになっていました。
ですから、いちいち言葉で説明しなくても「長幼の序」の伝統は守られていて、自然に長老の意見には従うという伝統が出来上がっていたのです。
もっとも誤解の無いように言いますと、長老といっても、せいぜい四十代の後半くらいが、長老と呼ばれる年代でした。
つまり、まだ皆が若く、長老達にも力があったので、若者たちは長老の顔を立ててくれたものと思われます。

ウルトラスタッフ

現地の人たちの生活を知る

メリカ横断ウルトラクイズは、単にアメリカの中を移動しながらクイズをやるのが目的ではありません。
欲を言うならば、現地の人たちの生活を紹介しながら、その中でクイズが楽しめれば、これに越した事はありません。
えば第7回の時に、カナダのバンクーバーで現地の木こりの皆さんをゲストにむかえ、クイズを行いました。
この地に住む木こりの皆さんは、口では表現出来ないような優れた特技を持っていました。
例えば、高さ30メートルの樹のてっぺんまで登って、下に降りて来るまでの時間が、わずか40秒という素早さです。
また、1日に70本から80本もの大木を切り倒す仕事を毎日続けています。

↓木こりのコンテスト

lumberjack2

た、そのような木こりのプロですから、鋸を上手に使って、瞬時に椅子などを作ってしまいます。

↓木こりのコンテスト

lumberjack1

のような、現地の皆さんの特技を紹介しながら、それをクイズ問題として採用するので、見ている方も楽しみながら番組を進行させることが出来るのです。
たちは、面白いクイズ形式を考えるのが仕事でしたが、それ以上に面白い特技を持っているゲストを探すのも重要な役目と心得、常に情報の網を張っていたのです。
た、バンクーバーで木こりの皆さんの特技を拝見し、その場で敗者復活のアイディアを作り上げた事もありました。
実は敗者は1名の予定だったのに、なんと5名の人達が失格してしまったのです。
そこで、急遽敗者復活のゲームをしなければならなくなりました。
その方法は、木こりの皆さんと同じように、丸太を切ってもらうことにしたのです。
それも、自分の体重の分だけ丸太を切り離すという作業です。
丸太にして自分の体重がどのくらいの量か、これは結構難しそうです。
皆さん大体10kgくらいの差が出ていましたが、1名の女性が何と26kgもオーバーして失格となったのでした。
「タダだとどうしても多めに取ってしまう」

素晴らしい言い訳でした。
のように現地の皆さんの生活を番組の中に反映させながら、進行出来れば理想的なのですが、毎回理想のゲストを探すのは至難の業でした。
のようにインターネットが発達していれば、ネットで募集することも出来たのでしょうが、あの時代はまだまだ、情報の伝達が遅かったので、時代の変遷を感じてしまいます。
いま、このネット時代にウルトラクイズがあったら、どんな内容になったのでしょうね。
少なくとも東京ドームの第一問は成立しないような気がいたします。

ウルトラクイズが実現出来なかった場所

メリカ横断ウルトラクイズは、アメリカの名所旧跡はほとんど訪れているといっても過言ではありません。
とはいえ、ロケハンはしたものの実現出来なかった場所も沢山ありました。
中でも惜しかった場所があります。
テネシー州最大の都市、といえば「なるほど」と気付かれる方も多いと思います。
ミシシッピー川の流域に位置するメンフィスにその場所はあります。
ンフィスはアメリカ開拓の時代から、綿の出荷地として有名でしたが、それ以上に世界的に名が知れ渡ったのは、エルビス・プレスリーの出身地としてでした。
今もプレスリーが住んでいた屋敷はそのまま残されていて、「グレイスランド」と呼ばれる観光地になっています。
↓グレイスランド

Graceland

年、1年間に60万人以上のファンが訪れるそうで、これは個人の家としては世界一と言う事で、ギネスブックにも登録されています。
勿論、これほど有名な場所ですから我がウルトラクイズの会場として、何としても実現したいと思いました。
れには、まずロケハンをしなければなりません。
ロケハンで驚いたのは、単なる豪邸というイメージではなく、邸宅の前にプレスリーの博物館が建てられていて、そこには彼が愛用したジェット機が2機展示されていました。
また彼が愛用した車、オートバイなども、数々飾られていたのです。

Graceland2

の居間や寝室、バールームなども全て開放されていて、ステージで着用した衣装も展示されていました。
庭のプールサイドには、彼のお墓が建てられていて、1年中火が点されているのだそうです。
おそらく世界中でこれ程までの豪邸はそうないでしょうが、この場所をクイズ会場に出来なかったのは、多分許可が下りなかったためではないでしょうか。
それにしても、プレスリーというミュージシャンは本当に偉大な存在だったんですね。

↓グレイスランドの門

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