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特別待遇の「鞄」

メリカ横断ウルトラクイズは毎年何万キロもの旅をします。
以前も書きましたが、撮影のための機材や美術のセットなどを入れた大、中のジェラルミンのケースが、120個~130個
それにスタッフの私物のスーツ・ケースが70~80個と膨大な量の荷物が飛行機やバスに載せられて移動します。
ういった荷物の中で1つだけ、絶対に手元から離せないケースがありました。
飛行機の中でも、バスの中でも必ず手元に置いて、絶対に荷物として預ける事はしません。
ホテルに着いても真っ先にこの鞄が部屋に運ばれ、それから荷物運びなどの作業にかかるのです。
↓問題担当チーム

ウルトラ_問題チーム

真の3人はクイズ問題を担当する放送作家ですが、左のH君が腰掛けているジェラルミンのボックス型の鞄がそれです。(因みに中が私、右がO君)

問題ケース

鞄の中には番組で使う全てのクイズ問題の原本が収められているのです。
ならパソコンにデータを入れておけば済む話でしょうが、当時はそんな便利なものはありませんでした。
従って、若しこの鞄が途中で紛失してしまうと、クイズの旅が出来なくなってしまうのです。
それこそクイズ問題を担当する私達にとっては、命よりも大切な鞄だったというわけです。
リバートン製のZEROの鞄ですが、なぜZEROかというと頑丈にして、例えば海に落ちても水が沁み込まないという神話から、この鞄が選ばれました。 
また、この鞄は他のスタッフが勝手に蓋を開けることが出来ないように、ロックされています。
真でもお判りのように、H君が何気なく腰掛けているようですが、実は番犬のように、リハーサルの間も手元から離さないように守っているのです。
そして中には1万問を越える問題が詰め込まれていました。
故そんなに沢山の問題が入っているの?
と不思議に思われるでしょうが、実は放送されるのはほんの一部分で、実際のロケでは誰も答えられずに、延々と問題が読み上げられる事があるのです。
どい時には、10問15問と誰も答えずにだんまりが続く事もありました。
しかも、1回読み上げられた問題は、2度と日の目を見ることがありません。
まり、挑戦者がお手付きを恐れて、慎重になり過ぎると起こる現象で、問題を作成する人間の立場からすると、涙が出るくらいもったいない話だったのです。
故ならば、前にも書きましたが、作られた問題に誤りが無いか、2重3重の調査が行われ、それで「大丈夫」となったところで初めて採用となります。
実に何人ものチェックマンが足を使い、時間をかけて完成させるわけで、それが一瞬の内に消えてしまうのですから、悲しくなります。
それほど、クイズ問題は大切な財産であり、だからこそ旅の間中、絶対に手元から離れる事が無かった特別待遇の荷物だったのでした。

TVスターが大量にゲスト出演

メリカ横断ウルトラクイズのモットーは豪華さ大袈裟
それを実行するには、恐れを知らぬ非常識さにあります。
つまり、常識的に考えて「そんなの無理だよ」というアイディアこそ大切にして、果敢に挑戦する事こそ、ウルトラ精神の真髄なのです。
9回ロスアンゼルスが象徴される場面だったと思います。
会場となったのは、映画の都ハリウッドユニバーサル・スタジオです。
となれば、誰でも知っている有名スターをゲストに迎えたくなるのが人情というものでしょう。
かし、ハリウッド有名スターともなれば、一人の出演料だけでも番組予算がぶっ飛んでしまうかも知れません。
そこで目を付けたのが、少しは閑になっているであろうと勝手に想像する、懐かしのスター達でした。
レビが日本に普及し始めた昭和30年代から40年代にかけて、お父さんやお母さんが若かりし頃、日本中のお茶の間を沸かせたテレビ番組がありました。
その主人公たちを一同に集めようというものでした。
れを知らぬ我々は思いつくままに、当時のスーパー・スターの名前を挙げ、次々と出演交渉をしてみたのです。
すると何と皆さん気持ちよくOKの返事が来たのです。
その顔ぶれは
「ララミー牧場」のジェス役で30年代のスーパー・スターだったロバート・フラー
彼が来日した時には、羽田空港が黒山のファンで交通マヒを起こし、大阪の御堂筋では30万人のファンが集まってパニックになったほどです。

ロバート・フラー

「サーフサイド6」「ハワイアン・アイ」のテレビ・シリーズの他、映画「恋愛専科」トロイ・ドナヒュー
当時は甘い2枚目スターとしてアラン・ドロンと人気を2分したほどの世界的なスターでした。

トロイ・ドナヒュー

「名犬ラッシー」のティミー少年役のジョン・プロボスト

ジョン・プロボスト

「サンセット77」のクーキー役だったエド・バーンズ
当時は不良っぽい彼の役柄が女子高生やOLに大人気で、彼をテーマにした歌まで作られたほどです。

エド・バーンズ

「ライフルマン」の主役、チャック・コナーズ
愛用のライフルで毎週悪漢を退治する痛快西部劇は、高視聴率を上げていました。

チャック・コナーズ

れらのゲストが、クイズ会場にズラリと勢揃いした時には、スタッフはみんな仕事を忘れて、感激したものです。
だって、スタッフのほとんどが若かりし頃、夢中になって毎週テレビにかじり付いていたのですから、無理もありません。
彼らは日本のスターと違って、偉ぶる気配は全く無くて誰にでもフランクに話しかけてきたりします。
また、アメリカ人らしくジョークも好きで、周りを笑わせてくれました。
んな中で今でも良く覚えているのは、トロイ・ドナヒューのこんな自己紹介でした。
「私は最近バイクに夢中になっています。日本人の皆さんはご存じないでしょうが、私が乗っているのはホンダというメーカーのバイクです」
これにはスタッフ一堂爆笑となりました。
た、我々はスターの皆さんと握手をしましたが、ライフルマンチャック・コナーズだけは、事前に「誰とも握手だけは遠慮したい」との申し込みがありました。
その理由は、何と「エイズが怖いので…」との事でした。
その頃は、エイズの記事が毎日新聞をにぎわせていた時代だったのです。
とにかく、こうした面々を集めて行ったのが
「懐かしのTVスター・ハリウッド版あの人は今、三択クイズ」
というもので、当時のスターたちの裏話を紹介したものでした。
思えば、昭和30~40年代は現在のように海外のTVドラマが日本でも盛んに放送されていたように思います。
「歴史は繰り返す」といいますが、TV番組もそれに当てはまることがあるようですね。
昔ヒットした番組を、現代風にアレンジして復活させる、という流れがあるようです。
アメリカ横断ウルトラクイズも、また是非復活させて欲しいものです。

若く見られる日本人

メリカ横断ウルトラクイズの移動は、ほとんどの場合で飛行機が使われます。
撮影機材を詰め込んだ大小のジェラルミン・のケースが120個~130個
その他にスタッフ出場者のスーツ・ケースが人数分あるわけですから、相当の量になります。
の荷物をホテルから車に積み込む作業、空港では車から降ろして、航空会社の受付まで運ぶ作業。
その都度、種目別に数量の確認が行われます。
これらの作業を全て、スタッフ総出で行うのです。
しかも、こうした作業を行う時には全員がお揃いのウルトラクイズのロゴが入ったキャップに同じくロゴ入りのウインド・ブレーカーを着用しています。
これは、作業中に部外者が紛れ込まないように、という予防策でもありました。

↓ド派手なショッキングピンクのウインドブレーカー

ウルトラスタッフ_お揃いジャンパー

↓ウルトラクイズのロゴ入りキャップ(既出画像)

ウルトラスタッフ帽子

おそらく普通の旅行者から見たら、異様な集団に見えるのでしょうね。
「キミたちは何者なの?」
とよく訊ねられます。
ういう中で一番間違えられたのが、野球チームの遠征でした。
中でも笑ってしまうのは、リトルリーグと間違われた事です。
「そうそう。我々はリトルリ-グのオールジャパンだよ」
ジョークで返事をしたつもりですが、
「試合は何処であるの?」
と真に受けられて困った事がありました。
かにアメリカ人から見れば、多少身体は小さいかも知れませんが、若いスタッフ少年に間違われてしまうのです。
んな事もありました。
私がスーパーで食料を買っていると、若いスタッフが酒の瓶を何本も抱えてやってきて、
「これも一緒に買ってください」
というのです。
「なんで?」
「実は俺たちが買おうとしたら、IDカードを見せろ。子供には酒は売らない、だって」
の子なら若く見られて嬉しいでしょうが、髭を生やしたいい大人が子供扱いされるのは、ちょっと情けない話でした。

スタッフの半分近くが熱中症で倒れる

メリカ横断ウルトラクイズは毎年1ヶ月近い日程でロケを行っていました。
その間に移動する距離やロケの回数を考えると、物凄い強行軍であるのは間違いありません。
例えば朝4時起床で、夜は打ち合わせが終わって解散が0時などという日も別に珍しくはありません。

タッフは慣れたもので、バスであろうと飛行機の中であろうと、ヒマが出来ればグッスリと眠って鋭気を養うように訓練?されています。
お陰で17年間、急病で脱落する人もなく無事に番組は収録されました。

でも、ヒヤヒヤするような出来事は何回もありました。
私自身も当事者になったマイアミでの、アクシデントを書いてみたいと思います。
れは第11回で、メキシコカンクーンからマイアミに移動した時の事でした。
マイアミは陽光溢れるアメリカの熱海といった人気の観光地です。
すぐ近くにはエバー・グレーズと呼ばれる広大な湿地帯があります。
東京都がすっぽりと入るほどの広さの、葦の湿原でなんとアリゲーターの故郷です。
アリゲーターとはアメリカ産のワニの事で、あっちこっちにワニが泳いでいるという恐ろしい湿地帯なのです。

↓エバーグレーズ国立公園

エバーグレーズ国立公園

↓アリゲーター

アリゲーター

この名物は「エアボート」と呼ばれるボートで、扇風機の親分みたいな大きなプロペラをボートに取り付け、湿原の中を爆走して移動するのです。
音は凄いし、スピードは出るし、若者たちの遊びとしては最高の迫力です。
ここでのクイズは、爆走エアボート・クイズ
↓エアボート

エアーボート

クイズが出題されます。

直線で1キロほど先に、あ・い・う・え・お、と51枚の文字が書かれた大きなカードが浮いていて、正解の頭文字を拾ってきて答えなければならない。
回答者6人が乗ったエアボートが、轟音を発しながらエバーグレーズの水上を走り回るというダイナミックな演出だったのです。
イズが出題されるステージも水の上。
水深は20~30センチと浅いので、スタッフもジャブジャブと水の中を歩いて、セッティングが行われます。
勿論、ワニに襲われるような事がないように、パークレンジャーのおじさん達が警備をしてくれています。
そんな中で、会場の準備からリハーサル、本番、撤収までと、ほとんど1日中湿原の中で作業が行われました。
暑くなれば水の中に足を入れられるので、それほど苦にはなりません。
飲み物もたっぷりと冷やしたジュースやコーラなどの飲料水が大量に用意されているので、のどが渇くようなことはありませんでした。

1人気分が悪くなるような事もなく、無事に撮影が終了して、ホテルに戻りました。
シャワーを浴び、みんなで食事に出ましたが、私は食欲が全くなくて気分が悪いので早く部屋に引き揚げて、休もうと思いました。
ところが、身体が熱っぽいので計ってみて驚いたのです。
何と39℃近い熱があるではありませんか。
その日は、私はたまたま同行するドクターと同室でした。
だから夜中に苦しくなっても診てもらえるものと安心して、先にベッドに入ったのです。
何時間かして、症状は益々悪くなりドクターの手当てを受けようと思ったのですが、ドクターは部屋に帰ってこないのです。
晩中苦しんで、夜が白々と明ける頃にやっとドクターが戻ってきました。
見ると彼も疲れきった表情です。
聞けば、スタッフの半分以上が身体に異常を訴え、次から次へと部屋を廻って手当てをしていて、今ようやく開放されたとの事。
その頃には私も大分症状が安定し、普通に話が出来る状態に戻っていました。
クターの話によれば、我々はほとんどが熱中症に罹っていたのだそうです。
というのも、熱中症は高温、多湿下で発症する病気で、水を飲んだからといって安心できません。
一緒に塩分を補給しないといけないのだそうですが、そこまでは気が付かなかったのが原因でした。
当時は現在ほど「熱中症」は騒がれておらず、あまり一般的では無かったんだと思います。

幸いにして、頑強なスタッフが多かったので、翌日にはみんな回復しましたが、今だから話せる危機一髪の出来事でした。

ハワイの海はクラゲの宝庫

メリカ横断ウルトラクイズで一番多く立ち寄ったのはグアムハワイでしょうね。
ハワイワイキキ・ビーチは定番のクイズ会場といっても良いでしょう。
も、いつもお決まりのビーチでは能が無いというわけで、第9回にはワイキキ・ビーチの遥か沖合いにクルージングで出掛けました。
船上で行われたのは1対1の知恵比べ。
船首から海上へ突き出た2枚の板の上に挑戦者はそれぞれ海に背を向けて座るのです。
この時は板は水平で、身の安全は保障されています。
そこでクイズが出題され、2ポイント早く勝ち取った人が勝ち。
但し、これからが曲者で、誤答、お手付きはマイナスということで、座っている板が海に向かって30度傾くのです。
2回マイナスすると45度傾いて海の中に真っ逆さまにドボーンと落下して行くという仕掛け。
名付けて「クイズ・ジャポン ワイらキキ一髪」
かも、海の中にはクラゲがウヨウヨ泳いでいるという噂なのです。
この辺りで見られるのは、カツオノエボシと呼ばれる種類で、刺されると激痛が走り、皮膚に炎症が起きて2、3日は取れないそうです。
また、水温の高い日ほど気をつけた方が良いという情報が入りました。

↓カツオノエボシ

カツオノエボシ

事な挑戦者が、クラゲの被害に遭ってはならないと、スタッフはクイズの行われている最中、ずっと海に入ってクラゲ退治をやっていました。
そのお陰で、挑戦者全員無事でしたが、何とスタッフが犠牲者となってしまったのです。
犠牲者はTV業界ではいつも悲しい立場のAD君でした。
しかし、彼もそのような試練を乗り越えて、数年後には立派なDに成長しましたとさ。
↓クイズ会場の船上で

ウルトラクイズ_ハワイ_船上で