若く見られる日本人

メリカ横断ウルトラクイズの移動は、ほとんどの場合で飛行機が使われます。
撮影機材を詰め込んだ大小のジェラルミン・のケースが120個~130個
その他にスタッフ出場者のスーツ・ケースが人数分あるわけですから、相当の量になります。
の荷物をホテルから車に積み込む作業、空港では車から降ろして、航空会社の受付まで運ぶ作業。
その都度、種目別に数量の確認が行われます。
これらの作業を全て、スタッフ総出で行うのです。
しかも、こうした作業を行う時には全員がお揃いのウルトラクイズのロゴが入ったキャップに同じくロゴ入りのウインド・ブレーカーを着用しています。
これは、作業中に部外者が紛れ込まないように、という予防策でもありました。

↓ド派手なショッキングピンクのウインドブレーカー

ウルトラスタッフ_お揃いジャンパー

↓ウルトラクイズのロゴ入りキャップ(既出画像)

ウルトラスタッフ帽子

おそらく普通の旅行者から見たら、異様な集団に見えるのでしょうね。
「キミたちは何者なの?」
とよく訊ねられます。
ういう中で一番間違えられたのが、野球チームの遠征でした。
中でも笑ってしまうのは、リトルリーグと間違われた事です。
「そうそう。我々はリトルリ-グのオールジャパンだよ」
ジョークで返事をしたつもりですが、
「試合は何処であるの?」
と真に受けられて困った事がありました。
かにアメリカ人から見れば、多少身体は小さいかも知れませんが、若いスタッフ少年に間違われてしまうのです。
んな事もありました。
私がスーパーで食料を買っていると、若いスタッフが酒の瓶を何本も抱えてやってきて、
「これも一緒に買ってください」
というのです。
「なんで?」
「実は俺たちが買おうとしたら、IDカードを見せろ。子供には酒は売らない、だって」
の子なら若く見られて嬉しいでしょうが、髭を生やしたいい大人が子供扱いされるのは、ちょっと情けない話でした。

スタッフの半分近くが熱中症で倒れる

メリカ横断ウルトラクイズは毎年1ヶ月近い日程でロケを行っていました。
その間に移動する距離やロケの回数を考えると、物凄い強行軍であるのは間違いありません。
例えば朝4時起床で、夜は打ち合わせが終わって解散が0時などという日も別に珍しくはありません。

タッフは慣れたもので、バスであろうと飛行機の中であろうと、ヒマが出来ればグッスリと眠って鋭気を養うように訓練?されています。
お陰で17年間、急病で脱落する人もなく無事に番組は収録されました。

でも、ヒヤヒヤするような出来事は何回もありました。
私自身も当事者になったマイアミでの、アクシデントを書いてみたいと思います。
れは第11回で、メキシコカンクーンからマイアミに移動した時の事でした。
マイアミは陽光溢れるアメリカの熱海といった人気の観光地です。
すぐ近くにはエバー・グレーズと呼ばれる広大な湿地帯があります。
東京都がすっぽりと入るほどの広さの、葦の湿原でなんとアリゲーターの故郷です。
アリゲーターとはアメリカ産のワニの事で、あっちこっちにワニが泳いでいるという恐ろしい湿地帯なのです。

↓エバーグレーズ国立公園

エバーグレーズ国立公園

↓アリゲーター

アリゲーター

この名物は「エアボート」と呼ばれるボートで、扇風機の親分みたいな大きなプロペラをボートに取り付け、湿原の中を爆走して移動するのです。
音は凄いし、スピードは出るし、若者たちの遊びとしては最高の迫力です。
ここでのクイズは、爆走エアボート・クイズ
↓エアボート

エアーボート

クイズが出題されます。

直線で1キロほど先に、あ・い・う・え・お、と51枚の文字が書かれた大きなカードが浮いていて、正解の頭文字を拾ってきて答えなければならない。
回答者6人が乗ったエアボートが、轟音を発しながらエバーグレーズの水上を走り回るというダイナミックな演出だったのです。
イズが出題されるステージも水の上。
水深は20~30センチと浅いので、スタッフもジャブジャブと水の中を歩いて、セッティングが行われます。
勿論、ワニに襲われるような事がないように、パークレンジャーのおじさん達が警備をしてくれています。
そんな中で、会場の準備からリハーサル、本番、撤収までと、ほとんど1日中湿原の中で作業が行われました。
暑くなれば水の中に足を入れられるので、それほど苦にはなりません。
飲み物もたっぷりと冷やしたジュースやコーラなどの飲料水が大量に用意されているので、のどが渇くようなことはありませんでした。

1人気分が悪くなるような事もなく、無事に撮影が終了して、ホテルに戻りました。
シャワーを浴び、みんなで食事に出ましたが、私は食欲が全くなくて気分が悪いので早く部屋に引き揚げて、休もうと思いました。
ところが、身体が熱っぽいので計ってみて驚いたのです。
何と39℃近い熱があるではありませんか。
その日は、私はたまたま同行するドクターと同室でした。
だから夜中に苦しくなっても診てもらえるものと安心して、先にベッドに入ったのです。
何時間かして、症状は益々悪くなりドクターの手当てを受けようと思ったのですが、ドクターは部屋に帰ってこないのです。
晩中苦しんで、夜が白々と明ける頃にやっとドクターが戻ってきました。
見ると彼も疲れきった表情です。
聞けば、スタッフの半分以上が身体に異常を訴え、次から次へと部屋を廻って手当てをしていて、今ようやく開放されたとの事。
その頃には私も大分症状が安定し、普通に話が出来る状態に戻っていました。
クターの話によれば、我々はほとんどが熱中症に罹っていたのだそうです。
というのも、熱中症は高温、多湿下で発症する病気で、水を飲んだからといって安心できません。
一緒に塩分を補給しないといけないのだそうですが、そこまでは気が付かなかったのが原因でした。
当時は現在ほど「熱中症」は騒がれておらず、あまり一般的では無かったんだと思います。

幸いにして、頑強なスタッフが多かったので、翌日にはみんな回復しましたが、今だから話せる危機一髪の出来事でした。

ハワイの海はクラゲの宝庫

メリカ横断ウルトラクイズで一番多く立ち寄ったのはグアムハワイでしょうね。
ハワイワイキキ・ビーチは定番のクイズ会場といっても良いでしょう。
も、いつもお決まりのビーチでは能が無いというわけで、第9回にはワイキキ・ビーチの遥か沖合いにクルージングで出掛けました。
船上で行われたのは1対1の知恵比べ。
船首から海上へ突き出た2枚の板の上に挑戦者はそれぞれ海に背を向けて座るのです。
この時は板は水平で、身の安全は保障されています。
そこでクイズが出題され、2ポイント早く勝ち取った人が勝ち。
但し、これからが曲者で、誤答、お手付きはマイナスということで、座っている板が海に向かって30度傾くのです。
2回マイナスすると45度傾いて海の中に真っ逆さまにドボーンと落下して行くという仕掛け。
名付けて「クイズ・ジャポン ワイらキキ一髪」
かも、海の中にはクラゲがウヨウヨ泳いでいるという噂なのです。
この辺りで見られるのは、カツオノエボシと呼ばれる種類で、刺されると激痛が走り、皮膚に炎症が起きて2、3日は取れないそうです。
また、水温の高い日ほど気をつけた方が良いという情報が入りました。

↓カツオノエボシ

カツオノエボシ

事な挑戦者が、クラゲの被害に遭ってはならないと、スタッフはクイズの行われている最中、ずっと海に入ってクラゲ退治をやっていました。
そのお陰で、挑戦者全員無事でしたが、何とスタッフが犠牲者となってしまったのです。
犠牲者はTV業界ではいつも悲しい立場のAD君でした。
しかし、彼もそのような試練を乗り越えて、数年後には立派なDに成長しましたとさ。
↓クイズ会場の船上で

ウルトラクイズ_ハワイ_船上で

飛行機マニアの夢の街、キャメロンパーク

メリカ横断ウルトラクイズ、第16回は文字通り大陸を横断するコースでした。
その中でも印象に残った町といえば、キャメロンパークです。

本では個人で自家用の飛行機を持っているなんて、とてつもないお金持ちと相場が決まっています。
ところがアメリカという国は何でも桁違いですよね。
全く普通の市民が、車を持つような感覚で、飛行機を買い、それで通勤したり週末に買い物に出掛けたりしていると言うのです。
正に夢のような未来の世界ですよね。
れを実践しているのが、カリフォルニア州の州都サクラメントから車で40分ほど走った街キャメロンパークです。

々も半信半疑でロケハンに向かいました。
小さな田舎町なのですが、町に近付くと、な、なんと飛行機が2機も3機も道路の真ん中をそろそろと走っているではありませんか。
驚いて道端に建つ家を見ると、何処の家にも車の車庫のような状態で、大きな格納庫があるのです。

↓キャメロンパークの家_その1

らは車感覚で家から飛行機に乗り、道路を走って町営の滑走路まで行き、そこから飛び立って、サクラメントやサンフランシスコの職場へ毎日通勤しているのだそうです。

体どんな会社の重役さん達と思って調べたところ、これまたビックリ!
会計士、電気の配線業、看護士、布団屋さん、郵便局勤務、栄養士、医者とみなさんごく普通の人達なのです。
つまり飛行機オタクが集まって、みんなで町を創ってしまったというわけなんですね。
↓キャメロンパークの家_その2

納庫の中に3機もの機体を置いて、毎日のように磨いたりしているマニアもいたりします。

日にハンバーガーを食べるため7~800kmも飛んで行ったりする物好きもいるそうで、生活の楽しみ方があまりにも違うのに愕然としました。

宅に格納庫まで作れない人達には、町営の駐機場があって、見渡す限り小型機が留まっているのです。
広いアメリカ大陸だけに、飛行機で移動するのは便利ですが、ここまで庶民のものになっているなんて、本当のカルチャー・ショックを受けたものです。
↓ガレージから飛行機を出す住人

キャメロンパークでは、いずれも飛んでるオジサンさん、おばさん、お兄ちゃんにおねえちゃん30人をゲストに向かえ、クイズに正解するとこのゲストの誰か一人を指名します。
指名された人の生涯飛行時間がポイントとなり、総計2,000時間を獲得すれば勝ち抜けというわけ。
運が良ければ1発勝ち抜けも可能です。
「知力体力時の運」ウルトラクイズの本領が発揮されたクイズ形式でした。

↓キャメロンパークのお祭り

キャメロンパークのお祭り

ウルトラクイズが人生を狂わせた?

メリカ横断ウルトラクイズがスタートした頃には、まだ海外へ出て行く日本人が珍しい時代でした。
今のように若い人達が、気軽に海外旅行に出かけるなんて夢みたいな話しだったのです。
そんな時代にクイズに正解すれば、ニューヨークまで旅が出来るというのですから、クイズ・ファンにとっては夢中になるのは無理もありません。
クイズに参加する資格として、パスポートを所有する事という条件がありました。
そのために海外旅行の予定も無いのにパスポートを取得する人が増えたのも、ウルトラクイズが話題になったためと言われています。
 
て、ウルトラクイズがスタートして5、6年目のことです。
ロサンゼルスクイズが終った日、時間が出来たので街にお酒を飲みに出かけたのです。
日本人がよく集まると言われるクラブへ行くと、我々の席に日本人のホステスさんが何人か付きました。
世間話をしている内に、そのホステスさんの1人が言うのです。

「いま、ロスにウルトラクイズのロケ隊が来ているのを知ってる?」

我々は驚き、しかし惚けて聞きました。

「何でそんな事が解るの?」

「だってさあ、ロスのあちこちでウルトラのTシャツやキャップをかぶった人たちを見かけたのよ。きっとロケをしているんだわ」

↓スタッフはこんな帽子を被ってウロウロしてました。

ウルトラスタッフ帽子

「へえ。ロスに住んでいて日本の番組をよく知っているね?」

「そりゃあ知っているわよ。私がこんな所でホステスをやっているのは、あの番組のせいだもの」

「ええっ!」

「私にとっては恨みの番組!どんな奴が作っているんだろ?ぶん殴ってやりたいわよ」

「あの‥‥?」

我々はウルトラスタッフだという事を言い出せず、顔を見合わせました。

ると彼女は笑いながら、身の上話を始めたのです。

「実は2年前にウルトラクイズに申し込んだの。ところが羽田でジャンケンに負けてさ、パスポートは持っているし、お金も持っていたのでそのままアメリカに来ちゃったの。でもその内お金が無くなって、そのまま居ついてしまったってわけ。ウルトラって罪でしょ。私も馬鹿だけど、アハハッ」

だって。

るく笑っていた女の子でしたが、その後どうなったのでしょうね。
すでに、40歳は過ぎたはずですが、ウルトラクイズが彼女の人生を変えるきっかけを作ったことだけは確かなようでした。

↓番組中のジャンケン

ジャンケン