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「長幼の序」が合言葉

メリカ横断ウルトラクイズでは、100人近いスタッフが凡そ1ヶ月近い旅を共にします。
テレビ制作の現場というものは、一般的に個性の強い人間の集まりでもあり、自己主張をすればキリが無いくらい、それぞれが言いたい事を主張します。
テレビの番組を作る、という目的は一緒ですが、仕事の内容は全く異なる人達の集まりですから、普通なら意見の衝突も在れば、喧嘩になるような緊迫した状態になるのは日常茶飯事といっても過言ではありません。
意見が噛み合わなければ、当然衝突が起こると言うべきでしょう。
ころが、ウルトラクイズの旅の歴史を振り返ってみると、スタッフ同士が喧嘩をしたり、いがみ合ったりという記憶が無いほど、全員が和気アイアイと毎年旅を続けて来ました。
このような大所帯で、毎年揉め事も無く、旅が続けられた理由は奇跡とも言えますが、実はスタッフ全体に浸透していた、ある言葉のお陰なのです。
れは「長幼の序」という言葉です。
辞書でこの言葉の意味を引くとお分かりでしょうが、孟子の教えで、年長者と年少者の間にある秩序の事なのです。
即ち、子供は大人を敬い、大人は子供を慈しむ、という有り難い教えです。
つまり、この精神を第一条件にして事に当たれば、無駄な揉め事で衝突をする必要はない、という意味なんですね。
いって、年長者が常に威張って自分達の意見を下に押し付けるような事ではありません。
むしろ年長者は年少者を慈しむ気持ちで、若者の意見も良く取り入れ、話合いも良く行なわれていたのです。

ウルトラスタッフ3

論、毎日が団体行動ですから、先輩が後輩に教えることも沢山有ります。
言い方を変えると「後輩を仕込む」という言葉になりますが、何時の時代も先輩の教えには、しごきが付き物で、そのようなしごきがあったからこそ、毎年立派なスタッフが育ったものと言えるでしょうね。

ウルトラスタッフ2

た、ウルトラクイズのスタッフは、毎年同じメンバーが参加するようになっていました。
ですから、いちいち言葉で説明しなくても「長幼の序」の伝統は守られていて、自然に長老の意見には従うという伝統が出来上がっていたのです。
もっとも誤解の無いように言いますと、長老といっても、せいぜい四十代の後半くらいが、長老と呼ばれる年代でした。
つまり、まだ皆が若く、長老達にも力があったので、若者たちは長老の顔を立ててくれたものと思われます。

ウルトラスタッフ

現地の人たちの生活を知る

メリカ横断ウルトラクイズは、単にアメリカの中を移動しながらクイズをやるのが目的ではありません。
欲を言うならば、現地の人たちの生活を紹介しながら、その中でクイズが楽しめれば、これに越した事はありません。
えば第7回の時に、カナダのバンクーバーで現地の木こりの皆さんをゲストにむかえ、クイズを行いました。
この地に住む木こりの皆さんは、口では表現出来ないような優れた特技を持っていました。
例えば、高さ30メートルの樹のてっぺんまで登って、下に降りて来るまでの時間が、わずか40秒という素早さです。
また、1日に70本から80本もの大木を切り倒す仕事を毎日続けています。

↓木こりのコンテスト

lumberjack2

た、そのような木こりのプロですから、鋸を上手に使って、瞬時に椅子などを作ってしまいます。

↓木こりのコンテスト

lumberjack1

のような、現地の皆さんの特技を紹介しながら、それをクイズ問題として採用するので、見ている方も楽しみながら番組を進行させることが出来るのです。
たちは、面白いクイズ形式を考えるのが仕事でしたが、それ以上に面白い特技を持っているゲストを探すのも重要な役目と心得、常に情報の網を張っていたのです。
た、バンクーバーで木こりの皆さんの特技を拝見し、その場で敗者復活のアイディアを作り上げた事もありました。
実は敗者は1名の予定だったのに、なんと5名の人達が失格してしまったのです。
そこで、急遽敗者復活のゲームをしなければならなくなりました。
その方法は、木こりの皆さんと同じように、丸太を切ってもらうことにしたのです。
それも、自分の体重の分だけ丸太を切り離すという作業です。
丸太にして自分の体重がどのくらいの量か、これは結構難しそうです。
皆さん大体10kgくらいの差が出ていましたが、1名の女性が何と26kgもオーバーして失格となったのでした。
「タダだとどうしても多めに取ってしまう」

素晴らしい言い訳でした。
のように現地の皆さんの生活を番組の中に反映させながら、進行出来れば理想的なのですが、毎回理想のゲストを探すのは至難の業でした。
のようにインターネットが発達していれば、ネットで募集することも出来たのでしょうが、あの時代はまだまだ、情報の伝達が遅かったので、時代の変遷を感じてしまいます。
いま、このネット時代にウルトラクイズがあったら、どんな内容になったのでしょうね。
少なくとも東京ドームの第一問は成立しないような気がいたします。

ウルトラクイズが実現出来なかった場所

メリカ横断ウルトラクイズは、アメリカの名所旧跡はほとんど訪れているといっても過言ではありません。
とはいえ、ロケハンはしたものの実現出来なかった場所も沢山ありました。
中でも惜しかった場所があります。
テネシー州最大の都市、といえば「なるほど」と気付かれる方も多いと思います。
ミシシッピー川の流域に位置するメンフィスにその場所はあります。
ンフィスはアメリカ開拓の時代から、綿の出荷地として有名でしたが、それ以上に世界的に名が知れ渡ったのは、エルビス・プレスリーの出身地としてでした。
今もプレスリーが住んでいた屋敷はそのまま残されていて、「グレイスランド」と呼ばれる観光地になっています。
↓グレイスランド

Graceland

年、1年間に60万人以上のファンが訪れるそうで、これは個人の家としては世界一と言う事で、ギネスブックにも登録されています。
勿論、これほど有名な場所ですから我がウルトラクイズの会場として、何としても実現したいと思いました。
れには、まずロケハンをしなければなりません。
ロケハンで驚いたのは、単なる豪邸というイメージではなく、邸宅の前にプレスリーの博物館が建てられていて、そこには彼が愛用したジェット機が2機展示されていました。
また彼が愛用した車、オートバイなども、数々飾られていたのです。

Graceland2

の居間や寝室、バールームなども全て開放されていて、ステージで着用した衣装も展示されていました。
庭のプールサイドには、彼のお墓が建てられていて、1年中火が点されているのだそうです。
おそらく世界中でこれ程までの豪邸はそうないでしょうが、この場所をクイズ会場に出来なかったのは、多分許可が下りなかったためではないでしょうか。
それにしても、プレスリーというミュージシャンは本当に偉大な存在だったんですね。

↓グレイスランドの門

graceland_gates

高地での宿泊は要注意

メリカ横断ウルトラクイズでは、ロケハン、ロケを通じてあらゆる場所に行きました。
素晴らしい景色、雰囲気が最高、などまた行って見たい場所も沢山ありますが、もう結構!と思えるような場所も幾つかありました。
そんな一つをご紹介したいと思います。
れは確かロッキー山脈の高地に位置した別荘地として知られる街でした。
辺りの景色は、高原の都市といった洒落た雰囲気が漂っています。

↓ロッキー山脈

rocky-mountains

にはスキー客が沢山集まると言う情報もあって、何となくスイスを思わせるようなレジャー感覚の漂う街でした。
標高は千数百メートルと聞いていました。
山の中にあるわりには、平地に飛行場があって、普段でも中型や小型のプライベート機が沢山駐機していました。
聞けばこの地は別荘地なので、全米から週末になると休暇でやってくる人達が多いのだそうです。
達は、スイス山小屋風のホテルに宿泊しました。
其の日は何事も無く、夕食の後は軽くお酒を飲んで、明日のスケジュールを打ち合わせて早めに眠りました。
ところが、夜中になってから頭痛が酷くなって、ゆっくり眠ることが出来ませんでした。
風邪でもひいたかな、と思いながら快眠も出来ず、朝早く目覚めてしまいました。
まずは歯を磨こうと思って、洗面台に向かい、鏡を見てびっくりしました。
なんと自分の顔が他人のようにまん丸に膨らんでいるではありませんか?

「えっ!オレはこんな丸い顔をしていたか?」

自分でも仰天するほど人相が変わっていたのです。
びっくりして歯磨きのチューブを見ると、チューブもぷっくらと膨らんでまん丸に太った状態でした。
ホテルの係り員に訪ねると、笑いながら

「気圧の関係ですよ。まったく心配ない」

と問題にしてくれません。
それを聞いて多少は安心しましたが、頭痛はその後、半日くらい続き、顔の膨らみもやがて収まりました。
高地の山小屋などに泊まった経験者は、同じようなことを体験する事があるそうで、こうした知識は旅の常識なのかも知れませんね。
結局この回にはツインレークスと言う村でトマト戦争というイベントがらみのクイズをやりましたが、宿泊は標高の高いところは避けて、平地のホテルにし、みんなの健康を守る事に専念しました。

カウボーイの聖地ペンデルトン

メリカ映画が全盛時代、実に多くの西部劇が製作されていました。
そしてそのほとんどの作品で、大活躍したのがカウボーイ達です。
最近ではカウボーイの活躍する西部劇が激減して、若い人達にはカウボーイといっても何のことやら理解できない人もいるようで、往年の西部劇ファンには淋しい限りです。
一説によると西部劇が減ったのは、白人がインディアンを迫害する場面が多いので、人権問題として数が減ったのだという事を聞きました。
それはともかく、広い西部を駆け巡るカウボーイは、男の子達の憧れであった時代がありました。
シントン州にペンデルトンという小さな田舎街があります。

↓ペンデルトン

pendeleton

当時の人口は1万5千人くらいの、周囲を畑に囲まれた街で、普段は「淋しい街」と言えますが、毎年9月になると、全米からこの街にカウボーイがわんさか集まってくるのです。
そして人口1万5千の街に3万人以上の観光客が集まり、壮大なイベントが行なわれます。
その代表的なのはRound-upと呼ばれるロデオ大会で、暴れ馬を乗りこなすカウボーイ達の腕試しが行なわれます。
毎年12月にはラスベガスでもロデオのワールドシリーズがあるのですが、9月のペンデルトンの大会もそれに匹敵するほど、話題になる大会なのだそうです。

↓Round-up

pendleton_roundup

また、変わった所では暴れる牛を押さえつけて乳を搾り出す、などという危険な競技も行なわれます。
このお祭りの期間には全国からインディアンが天幕をもって集まり、多い年には200張りもの天幕が張られる事が有るのだそうです。
つまり、この地では、毎年古き良き西部開拓時代が繰り広げられると言うわけです。
我々は、この9月のカウボーイの祭りに合わせて、再度この地を訪れる事を約束し、次の場所を探す旅に出発したのでした。
この様に、こちらの都合では日程がずらせないチェックポイントもあるので、ルートを決めるのは毎回頭を悩ませます。