国歌誕生の地・ボルチモアの戦い

メリカ横断ウルトラクイズでは、我々はロケハンと称し、アメリカ中を周ってクイズ会場となる場所を探しました。
条件はその場所が、アメリカという国にあって、どのような歴史的な意味合いを持っているか、というのも場所選定の大きな要素となっていました。
アメリカを旅行すると、アメリカ人ほど愛国心の強い民族は無いような気がしてきます。
何故かと言えば、何処へ行っても星条旗を目にする事になりますし、何か事あるごとに国歌を歌い「強いアメリカ」「偉大なる国民」を強調しているように感じます。

々日本の場合は、国民の祝日でもない限り、めったに日の丸の国旗を見るような機会はありません。
ところがアメリカでは、役所のような公共施設に限らず、会社の建物などには星条旗が掲げられ、「常に我々アメリカは‥‥」と主張しているように見えるのでした。

星条旗


そんなアメリカの中でも、一年365日、雨が降ろうが槍が降ろうが、毎日国旗を揚げて居る場所があったのです。
しかも、これは大統領命令で、一時たりとも星条旗を降ろす事がないように、法律で定められているというのです。
それはメリーランド州ボルチモアにある
Fort McHenry要塞で、実はここが、あのアメリカ国歌「星条旗よ永遠なれ」の誕生の地なのだそうです。


我々はこの情報を得て、星条旗を見に行って驚きました。
何しろ、その星条旗の大きい事、それもそのはず、この国歌が誕生した裏側には以下のようなお話が潜んでいたのです。

は1814年と言いますからアメリカでは、独立戦争の真っ只中の事です。
9月13日から14日に掛けて25時間もの間、イギリス艦隊はこのボルチモアの要塞を目がけて1500発もの砲弾を撃ち込んだのだそうです。
ところが、何処にでも知恵者がいるもので、この時ジョージ・アーシステッドという名の大佐が、部下に対して
「敵に我が国旗が良く拝めるように、特大の国旗を揚げろ!」
と命令したのだそうです。
これを聞いた部下は、横42フィート、縦30フィートという馬鹿でかい国旗を砦の上に揚げたのだそうです。
これを見たイギリス海軍は、
「いくら砲弾を撃ち込んでも、ビクともしない、こりゃあ駄目だ!」
諦めて引き上げて行ったのだそうです。

丁度この時、イギリスの艦上には、捕虜交換の手続きをする役目で、弁護士のフランシス・スコット・キイと言う人が乗り込んでいて、いくら攻められてもビクともしない星条旗を見て、敵ながら偉く感動してしまったのですね。
で、戦場であると言う事も忘れて、その場で詩を書いたのだそうです。
それが「星条旗よ永遠なれ」つまりアメリカ国歌だったのです。

そんな激戦の地だった事もあり、我がウルトラクイズでも、ここでの戦いは過去13回の中で最も激しい戦いになりました。
ここは、準決勝の地だっただけに、定番となっていた「通せんぼクイズ」
強豪4人の挑戦者が、事実上の決勝とも言えるような、激しい攻防戦を繰り広げました。
この時にオンエアされたクイズ問題は63問。
でも、これは編集されているので、実際に使われたクイズ問題は100問から120問くらいあったように記憶しています。
このような時に、一番ドキドキするのは問題担当の私で、決勝に使うために用意した問題を次々に出題し、急場をしのいだという思い出があります。

さすがアメリカ独立戦争の激戦地だけに、ウルトラクイズでも最高の激戦地でした。

カモが沢山いるホテル

メリカ横断ウルトラクイズでは、アメリカ中を旅をしながらクイズを行ないました。
その度にホテルに宿泊するわけですから、アチコチのホテルに宿泊しました。
その中には、珍しいホテルや変わった事で、話題を呼んでいたホテルもありましたが、その代表的なのが第13回で訪れたテネシー州のメンフィスにあるピーボディというホテルです。

peabody

メンフィスには何度か訪れていますが、ここの知名度を上げたのは、何と言っても今世紀最大のスーパースター、エルビス・プレスリーの出身地という事でしょう。
ロケハンでは、ご当地の観光スポットであるプレスリーの豪邸を観て、その時に泊ったのが由緒あるピーボディ・ホテルでした。

々が夕方ホテルにチェック・インすると、ロビーに沢山の人だかりがしているのです。
何事かと思って見ていると、ピーっと口笛を吹く者や拍手をする者など、周囲が騒然となってきたのです。
もしや、誰かスターでも泊まっていて、それを野次馬が見物しているのか、と我々も人垣を掻き分けて覗いて見ると、何とロビーの中央にある池から、5羽のカモ飛び出して、ヨチヨチ歩きで、エレベーターに向かって歩き出したではありませんか。

Peabody_Ducks

実はこの5羽のアヒル達はホテルの屋上のペントハウスに棲んでいて、毎日11時になるとエレベータに乗って1階ロビーにある池まで歩いてやってくるのだそうです。
そして1日中池で愛嬌を振りまきながら泳いで、夕方5時になると1斉に池から上がって、エレベーターに乗って、屋上のマイハウスへ帰っていくのだそうです。
しかも、この行動は人間に命令されるわけではなく、自由意志で行動しているというのですから、これが評判になって、見物客がホテルに泊まり、ホテルはいつも超満員だというのです。
つまり、このホテルの宣伝担当のカモだったのです。

んな面白い情報を見逃すわけには行きません。
エルビス・プレスリーの豪邸でのロケを断られた事もあり、それならアヒルの行進でクイズをやろうと、直ぐにこのホテルをロケ地に決定しました。
「カモ」では何となくイメージが湧きづらいので、便宜上「アヒル」と呼ぶことにして行なわれたのが、アヒル・タイムレース・クイズ」でした。

ルールはアヒルが池から出た瞬間にクイズが開始され、家に帰りついた瞬間に終了する、というものでした。
その間に早押しクイズで何問正解するかが勝負であり、得点の1番少なかった1名が敗者になるというものです。
アヒルの気ままな歩き方で、勝敗が決まってしまうなんて。
敗者は嘆いていました。
オレは「いい鴨だ!」

カモ

最も根性の悪い、アンフェアなクイズ形式!

メリカ横断ウルトラクイズは、知力、体力、時の運がキャッチフレーズでした。
クイズに強いだけでは勝てない。
運も、体力も、ジャンケンも強く、更に根性が悪い人程勝てるチャンスがある、そのようなクイズ形式を考えようと、悪魔のような事を言い出したスタッフが居たのです。

々構成作家には、そのような意地の悪い発想をする人間はいませんが、注文があれば考えないわけには行きません。
それが自由業のつらさというものでしょうね。
言い訳は兎も角、挑戦者には恨まれるけれど、視聴者には喜ばれる根性の悪いクイズ形式は第13回のオーストラリアのゴールドコーストで実行されました。

ゴールドコースト

 
れも、メインのクイズが終った後の、敗者復活戦で行われた「ダウトクイズ」です。
方法は他人を騙した人程、勝ち抜けるチャンスがあるというものです。

ルールはトランプのダウトを思い起こしてください。
早押しクイズで解答権を得た人は、本当の正解を答えても良いし、ワザと嘘の答えを言っても構わないのです。
正解を答えた場合は、他人がダウトと発言すれば勝ち抜けする事ができます。
また、嘘の答えを言った場合、誰も嘘と気付かずダウトの声がかからなければ、これも勝ち抜けです。

トランプ


要は、自信が無さそうに正解を答えて騙すか、自信たっぷりに嘘をついて騙すか、いずれにしても、他人を騙した人が勝ちぬけられるというアンフェアなルールなのです。
このような、理不尽とも思える遊び心が、実はウルトラクイズの真情だったのです。
ウヒヒヒ…。

クイズ会場に大豪邸を

メリカ横断ウルトラクイズは普段一般の観光客が行けない場所でクイズを行う事にも挑戦していました。
例えば第10回の、ロサンゼルスで行なったチノ刑務所
刑務所内で囚人監視の見守る中でクイズを行うなんて、正にクレージー、それがウルトラ精神だったのです。

LA_刑務所

その精神から言えば、ハリウッドのスター達の豪邸が並ぶビバリーヒルズの豪邸をクイズ会場に、という案は毎年出されていたように思います。

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しかし、アメリカスター達はプライバシーを重視するので、自分の家を開放する事に抵抗があるのでしょうね。
当時、ハリウッド版スターの豪邸マップと言う本が売り出され、観光客に大ヒットした事がありました。

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でも、これに載せられたスター達は怒りまくったそうです。
「私達が不快な思いをするだけでなく、観に来るファンの人だって歓迎されず、不愉快な気分になるだろう」とご尤もなご意見を述べ、大憤慨していたのです。

本のスターの皆さんが、自分の家を自慢するテレビ番組がありますが、考え方がずいぶん違うものなんですね。
このような社会的背景があったので、我々もスターの家でのクイズ会場は諦めて、別の豪邸を探したのです。
それが第13回のロサンゼルスで行われた、「私がママよ!クイズ」の会場でした。

これはビバリーヒルズ以上に豪邸が並ぶ、パサディナという地区にある豪邸を借り、その家の前庭でクイズを行ったのです。
この家はどこかで見た感じ、と思われた人も多かったはずです。
というのは、映画「バットマン」で、彼の住む自宅として、映画で撮影された事があるという家だったのです。

の中には桁外れのセレブがいるものですが、この邸宅は公園の中に建つお城といった方がぴったり来る位で、超豪邸が建ち並ぶ中でも、一際目立つ広大なお屋敷でした。
一体、どのようなご身分のお方が住む家かと思ったら、御当主は若い中国人のお医者様で、我々の撮影を横目で見ながら、自分で車を運転しながら病院へ御出勤して行きました。

一体この若い外国人が、どのような経緯で、夢のような大豪邸に住む事になったのか、それを想像するだけで、夢が広がりますよね。

さすがハリウッド
夢を創る都でした。

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誰が儲けているのか?ブランド品の値段

メリカ横断ウルトラクイズで、毎年アメリカ各地を旅しました。
先日、このブログで、スーツケースの事を書いたところ、ブランド品の日本での値段が高すぎる、一体誰が途中でそんなに儲けているのか、というご意見を戴きました。
確かに、これは大きな疑問ですよね。
今でもブランド品を買うなら外国で、と考えている方は多いと思います。
そのような風潮を利用して香港買い物ツアーなど、買い物をするだけの目的で海外旅行をする人までいる世の中です。

達がウルトラクイズでアメリカへ行っていた時代、ブランド品を日本で買う場合は、値段にどのくらいの差があるのか、私の体験をお話したいと思います。

まず、このブログで書いたスーツケースをはじめ、ZEROの鞄でいえば、日本での定価は現地の2.5倍から3倍はしたと記憶しています。
勿論これは、値引きの交渉をして買った値段で、あちらの定価という話ではありません。

3分の1の値段で買えるなら、どのような高級品だって買いたくなるのが人情でしょう。
また、私がよく買った靴なども、大体、半額から3分の1で買っていました。
ネクタイやシャツなどもブランドによって差がありますが、半額以下というのが相場でした。
だから、知人や友人に良く買い物を頼まれ、ニューヨークの最後の日は、頼まれた買い物で1日が終わってしまうような事も何度かありました。

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だ、外国旅行が珍しい時代でしたから、私と同じような体験をした方は多かったのではないでしょうか?
今では若い人でも、年に何回も海外へ出掛けるような時代なので、他人に買い物を頼むなんて、ピンと来ないでしょうが、実はそんな時代がつい最近まであったのです。

また、アメリカでは皮製品が安く、我々はジャンパーや靴、鞄など、安い専門店を見つけると、その情報がすぐさまスタッフに伝わり、競争で買い物に走って行ったものでした。
そのような場合は、衝動買いをするので、後で考えると「安物買いの銭失い」というバカな事も多かったようです。

ブーツ

ランド品が高すぎる、とういう話から一寸脱線してしまいましたが
「高いからこそ欲しくなる」
という大衆心理もあるようで、その辺の気持ちを計算して付けられたのが、現在の定価なのだ、と専門家の話を読んだ事がありました。

論としては、何と言われようと大衆心理を上手く操った人が、勝ち組ということですね。
ウルトラクイズも、あの時代には大衆心理を上手く掴んだようで、テレビ番組の勝ち組でしたが栄枯盛衰世の習い何事も永遠に続く事は無いと、昔の人は良い教えを残してくれました。

孔子

アメリカ横断!ウルトラクイズの裏話