地名の由来は面白い

 

 

アメリカ横断ウルトラ・クイズの問題の中には、正解を聞いた視聴者が翌日の話のタネになる、興味深い話題を取り上げていました。

日本のように歴史のある国では、地名の由来を調べると歴史と関連する場合が多々見られます。

そんな中から創られた問題は多いのですが、第12回のパシフィカで、次のような設問がありました。

問・京都の織物で、発祥の地が「応仁の乱」の陣地跡だった事から名付けられたのは何?

答・西陣織

解説 日本の代表的な織物でもある西陣織が、何とあの「応仁の乱」の陣地跡で発祥したというのが面白い発見でした。

応仁の乱は、室町時代の応仁元年に発生した日本の内乱であり、諸大名が東西に分かれて戦いました。

細川勝元が率いる東軍と、山名宗全を大将とした西軍の10年以上に亘る戦いでした。

永い戦いで、由緒ある京都の町は焼け野原に化したと歴史では伝えています。

戦国時代は、この戦いの後に始まったのが日本の歴史でした。

京織物である「西陣」の文字を思い浮かべれば、西の陣地は想像できるヒントになっていました。

正確には、この織物は応仁の乱よりも古い5世紀の末から、京都で創られていたそうです。

「西陣織」の画像検索結果

応仁の乱で、戦火を逃れた職人が、戦後この地方に戻り,京織物を復活させたという歴史を辿っています。

繊細な模様で格調が高い西陣織は、永いこと人気の織物として、富裕層の圧倒的な支持を受けているのは御承知の通りです。

「応仁の乱」と日本の代表的な織物「西陣織」との密接な関係、クイズ問題で歴史を覗くのも楽しい作業です。

世界の都市名の由来

アメリカ横断ウルトラ・クイズの問題を読み返して見ると、知って得する面白い情報が多数含まれています。

例えば、現代は世界中が旅行がブームで、世界の旅に関する雑誌や記事が氾濫しています。

その中で、世界の都市に関する記事も豊富に出回っていますね。

でも、ウルトラクイズが始まった40年前には、日本人が世界を旅行するなど、夢の様なお話でした。

従って、世界の旅の情報など、今の時代なら答えられる問題も、当時は超が付くほど難問と考えられて居たかも知れません。

第3回のヒューストンで、次のような問題がありました。

ドナウ川が流れるハンガリーの首都といえば何処?

答・ブタペスト

解説 一般に地理の試験問題のようで、普通なら「教科書問題!」と否定の一言で拒否されるクラスの問題でした。

でも、都市名の由来が面白いので、クイズ問題として陽の目を見たという印象です。

「ブタペスト」の画像検索結果

ドナウ川の西岸が「ブタ」と呼ばれる地域で、東岸が「ペスト」、合わせてブタペストになったという由来がありました。

この様に名称の由来は、旅行案内の基本的な情報なので、現代人なら知り得る機会は多いと思います。

今年は、オリンピックで盛り上がっているリオデジャネイロにしても、ポルトガル語で「1月の川」の意味だそうですね。

ウルトラクイズの場合は、クイズ会場になる「地名」の由来はご当地問題として良く出題されていました。

しかし、それ以外の地名の由来は、その年に何らかの関連が無い限りクイズ問題には採用されません。

「何故、それが今年の問題なの?」という、クイズ会議の難関を突破しなければならないからです。

ウルトラクイズは、挑戦者は難関を突破しながら旅を続ける番組でした。

同じように、クイズ問題の作者も「クイズ選考会議」という難関突破に、苦労を重ねていたのでした。

国家の権利とは?

 

メリカ横断ウルトラ・クイズの問題は、日本人なら誰でも解る易しい常識問題から、時には首を捻る様な難問も含まれていました。

とは言え、専門家しか解らないような「超」が付く難問は基本的に出題されていません。

本来は知っていたのに、瞬時に思い出せない知識。つまり知識の盲点が問題として多く採用されていました。

正解を聞けば「ああ、そうだよな」といえる盲点が、誰でも参加出来るクイズ問題と言えるでしょう。

第10回のロサンゼルスで、その典型的な問題が出されていました。

問・国家の領域と言えば領土と領海ともう一つは何?

答・領空

解説 領空は領土と領海の上の空の権利で、高さは決められていませんが、有人飛行機が飛べる範囲とされています。

最近では、中国の戦闘機が度々日本の領空侵犯をし、その度に航空自衛隊がスクランブル発進しています。

「スクランブル発...」の画像検索結果

今年の5月~6月の中国機に対するスクランブル発進は、昨年の同期に比べ、80回以上増えているとの報告もあります。

尖閣諸島問題がエスカレート、中国は絶えず挑発的な行動を取っているのでしょうね。

このままでは日中関係は、持続的に緊張が続いて行きそうです。

更に、南シナ海の岩礁を埋め立て人工島を造成。

この領有権を巡り、国際仲裁裁判所が中国の主張を退けたために、中国の怒りはエスカレートしています。

そのため、今年の9月に南シナ海で中国とロシアが合同で軍事訓練を行うと発表しています。

勿論、日本やアメリカへの対抗意識の現れとの見方が有力なのは言うまでもありません。

中国とは聖徳太子の時代から、お付き合いの永いお隣さんなので、もう少し仲良くして欲しいものです。

母親は有難い存在

 

アメリカ横断ウルトラ・クイズの問題は、人々の知識の深さを測るのが基本的な目的でした。

でも、頭の良さ、知識の豊富さだけを競っただけでは娯楽番組に相応しく無いと我々は考えていました。

そこで、知力・体力・時の運を加えて、楽しさを十分に加える工夫を凝らしていました。

今月はリオのオリンピックで、ニュース番組は、オリンピック関連で埋め尽くされています。

嬉しい事に、連日のように金銀銅のメダリストが誕生し、それぞれ新しいスターが脚光を浴びています。

その都度、選手達の生い立ちが紹介されていますが、印象に残ったのは、家族の理解、特に母親の愛情と協力がクローズアップされていました。

才能と体力に恵まれたメダリストも、時には挫折やスランプが付き物といって良いでしょう。

そんな時に、力を発揮したのが「母親の力」だったというエピソードが、随所に紹介されていたのです。

一方、ウルトラクイズでも、母の力の偉大さを問題にした事が、第13回のチムニーロックでありました。

問・孟母三遷の教え、孟子の母が三番目に引っ越したのはどこのそば?

答・学校

解説 孟子の母は最初、墓地のそばに住んでいました。

幼い孟子が葬式の真似ばかりするので、困った母は市場のそばに転居したのです。

今度は孟子が、商人の駆け引きの真似をするので、学校のそばに転居。

すると、礼儀作法の真似をするようになったので、教育には環境が大切である事に気が付き、定住したとの故事があります。

偉人の陰には「母の力が有る」という教えですね。

「孟母三遷」の画像検索結果

その意味では、今回のゴールド・メダリストにも、母親の協力と愛情が大きく影響していたようで、実に心温まるドラマが陰に隠されていたようです。

こんな時に、父親の話が出て来ないのは、世の親父族にとって淋しい話ですね、トホホ…。

 

終戦記念日を前に

 

このブログは、今だから話せる「アメリカ横断ウルトラ・クイズ」の裏話を書いています。

でも、間もなく日本の終戦記念日を迎えるので、少しだけ戦争のお話を書かせていただきます。

年寄りの戦争の話などは聞きたくない、という若い皆さんが居るのは十分承知しています。

「第2次世界大戦」の画像検索結果

でも、私は終戦の年に小学1年生でした。しかも、戦争の真っただ中の中国に住んでいました。

戦争中に日本人が中国で行った事、戦後に中国人が日本人に報復的な行為をした事。

日本人と中国人が互いに嫌い合っている、その理由も垣間見る事が出来そうです。

小学生の私が体験した戦争体験を、小学生の目で見つめ記憶を頼りに電子書籍でまとめた作品が有ります。

タイトルは「荒野の打ち上げ花火」という作品で、アマゾンで購入する事が出来ます。

戦車砲の弾丸が、私達の頭上を激しく飛び交い、打ち上げ花火を見ているようだ、その様な体験談です。

荒野の打ち上げ花火

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タブレットをお持ちの方は、アマゾンから入手してお読みくださると、大変うれしいです。

自分の宣伝になって恐縮ですが、8月は年に一度だけ日本人が戦争について考える季節であり、宣伝をさせて頂きました。

「ウルトラクイズ」では、サンフランシスコで平和条約を締結させたのが吉田茂首相だった事。

日本の降伏の調印式が、東京湾上に浮かぶアメリカ戦艦「ミズリー号」の甲板上で行われた、などが問題として出されていました。

第2次世界大戦は、日本の辿った歴史ですから、クイズ問題として出題される範疇に入ります。

8月6日は原爆記念日で、今年はオバマ大統領が初めて広島の平和公園を訪問した事もあり、記念式典も盛り上がっていました。

毎年、この日はテレビ各局が、広島からの生中継を行い、8月の恒例行事になっています。

最近は憲法改正などが話題に上がり、我々も国会の動きから目が離せない時代になっています。

戦争反対を叫ぶのは、人間として当然の考えです。

でも逆の考えを持つのも、また同じ人間なので困ったものです。

戦争に関して、次のような言葉を残した有名政治家がいました。

戦争は老年が決め熟年が命令し、若者が戦って死ぬ、確かに真実を語っている言葉ですね。

第2次世界大戦では、世界中の若者が数百万人も死亡していました。

今年はアメリカ大統領が代わります。永遠に世界平和が保てるよう、戦争体験者の1人として切に望みます。