優れた日本の発明品は何?

アメリカ横断ウルトラ・クイズの問題を振り返ると、何時の時代にも通用する不変と、時代によって変わる問題がありました。

変わる問題があるのは、世の中は刻々と変化するので、時と共に状況が変化するのは、当然の流れと言えるでしょう。

第16回の東京ドーム球場での1次予選の○×クイズで、次のような問題がありました。

問・乾電池の単一、単二、単三。長さはすべて同じである。〇か×か?

答・○

解説 乾電池の長さは、日本ではJIS規格、国際的には国際電気標準会議で規定されています。

電気製品は、世界中で作られているので、どの国の製品にも電池は使われるので、標準規格があれば都合が良いですね。

処で、最近外国人のアンケートで調査したところ、日本の乾電池は世界一長持ちをするとの結果が出ました。

あるテレビ番組で、日本の発明品で凄いのは何? の企画がありそのベスト10の「ベスト3」に乾電池が入っていました。

そこで、電池メーカーの研究室で、何故日本の乾電池が他の国より長持ちするのかを調査しました。

解った事は以下の通りです。

まず、電池の表面の材質を極端に薄くしたのが第1の工夫だったそうです。

表面が薄い分だけ、蓄電する中味の材質の量が増え、電池が長持ちするという理屈です。

懐中電灯やリモコン、電気カミソリ等、電池が必要な電気製品の愛好者の中には、2倍以上長持ちするとの声もありました。

この「日本の発明品」で、世界中の愛好者が喜んでいたのは、食品ではカッブ・ヌードル。日用品では蚊取り線香。

お米の「コシヒカリ」も美味しいと好評でした。

第1位は何と、トイレのウォシュレットで、それを購入するため来日した家族もいました。

家具職人や宮大工など、日本伝統の職人芸を見学する外国の職人たちの番組が話題でしたが、日本人として誇らしいですね。

牛肉でも野菜でも、食品を選ぶ時は産地を気にする主婦が多いのですが、確かに国産を愛する風潮は喜ばしいことです。

本日の裏話は、クイズ問題から派生して愛国心の話になってしまいました。令和という新時代の幕開けに相応しい話題でした。

誰でも出来る人気スポーツ

アメリカ横断ウルトラ・クイズの問題を振り返ると、現代でも「旬」の話題になりそうな設問が時々あります。

今月の初旬に、全国紙の新聞が一斉に報じた出来事に、驚いた人達が結構いました。

話題の出来事だったので、テレビ各社も取材に駆けつけニュース番組で紹介。映像をご覧になった方も多いと思います。

実は、5月13日に今年で3回目になる「エリアワーカー参加型」の綱引き大会が行われていたのです。

今年は99チームのビジネスマンが、職場から駆けつけたので、応援の同僚達も含めて大混雑でした。

それも日本一のビジネス街、大手町の公道を会場にランチタイムに開かれた為、スーツ姿のビジネスマンが駆けつけました。

因みにウルトラクイズでは、綱引きに関する問題が出たのは第14回のタヒチでした。

問・綱引きの国際ルール。何メートル引き寄せたら勝ち?

答・二メートル

解説 センターから左右それぞれ二メートルの所に、白いマーク(判定機)があり、これを超えたら勝負がつきます。

因みにオリンピックでは、第2回~7回まで行われ、この時に正式ルールが決められており、現在も国際ルールとなっています。

ロープの太さは10~12.5㎝。長さは33.5m~36m。選手は8人vs8人。

試合時間は制限なしで、決着が付くまで行う。但し、10分間の途中休憩が与えられる。

この基本ルールで、各地で綱引き大会が行われ、中には地面が滑り易い「雪上綱引き大会」が計画されました。

これは、地域起こしのイベントとして世界各地で行われ、世界大会も開かれたそうです。

日本でも、小中学校の運動会で体験した方も多い、運動会の人気種目の一つと言えるでしょう。

本日の裏話は、誰でも知っている「綱引き」の国際ルールを簡単にご紹介しました。

世界中に力自慢の男は多いし、ルールは簡単。綱引きって誰でも参加出来る手近なスポーツだったのですね~。再発見でした。

イベントの常設館とは?

アメリカ横断ウルトラ・クイズの問題は、世の中の森羅万象が対象で創られていました。

クイズファンには、得意な分野と苦手な分野があり、挑戦者だけでなく、テレビの前の視聴者も参加出来るのがクイズ番組です。

現在では、スポーツ、芸術、政治家など各分野で活躍し、世界的な知名度のある日本人も増えていますね。

しかし、30~40年前のウルトラクイズが放送されていた時代には世界的に名の知れた日本人は少なかったのです。

そんな世界に知られた日本人の問題が、第9回のロンドンで出されていました。

問・ロンドン名物「マダム・タッソー蝋人形館」に、日本人でただ一人飾られている政治家は誰‽

答・吉田茂元首相

解説 マダム・タッソーは、フランス革命当時ルイ十六世やアントワネット妃のデスマスクを作ったタッソー夫人が始めた蝋人形館です。

世界史に名を残した著名人の蝋人形が飾られており、昭和60年には吉田茂元首相がただ一人の日本人でした。

放送当時は、これが正解でしたが、現在の事情は不明です。

その後、1997年にただ一人の日本人として、千代の富士の蝋人形を見たというSNSの報告もありました。

という事は、時代によって飾られる蝋人形も変化するという事かも知れませんね。

又、東京のお台場にも「マダム・タッソー東京」があり、歴史上の偉人と並んで、現代の人気スターのフィギアがあるそうです。

ハリウッド・スターやミュージシャン、スポーツ選手など等身大のそっくりさんなので、ファンには嬉しい話でしょう。

全国各地で行われる音楽、スポーツ、アイドル、マンガなどのイベントは常に超満員です。

対象となる好きなスターの実物を、直に見たいとの気持ちで全国から集まるのでしょう。

交通費や宿泊代などを含めて、大変なエネルギーです。

フィギアと実物では全く異なりますが、でも、蝋人形館が繁盛しているのは、それでも嬉しいファンがいる証拠でしょう。

本日の裏話は、蝋人形館のクイズ問題から、ファン心理の不思議さに関してオジサンなりに考えて見ましたが解らないですね~。

車社会の要注意?

アメリカ横断ウルトラ・クイズの問題は、普通の言葉で聞けば簡単に正解出来るのに、設問の仕方で難しくなる事があります。

特に、バラマキ・クイズのように体力が消費し、時間が迫って心理的に余裕がない場合には、判断力が普通より低下しています。

そんな時には、問題そのものが何を求めているかさえ、解らなくなってしまうのでしょう。

第6回のモニュメントバレーでのバラマキ・クイズで次のような問題が出されていました。

問・加速度病、動揺病ともいわれる不快な体の症状は一般に何といわれる?

答・乗り物酔い

解説 乗り物の揺れにより、気持ちが悪くなったり吐いたりすることを、乗り物酔いと言います。

車や船、飛行機などの乗り物だけでなく、ジェットコースター、メリーゴーランドなどの遊具でも起こる事があります。

小中学生に起こる事が多く、幼児や老人には見られにくい症状で「動揺病」と呼ばれる事もあるそうです。

一度なると、その記憶と関連して乗り物に乗る度に、再度症状が出易く、事前に酔い止めの薬を飲むのが良いそうです。

原因は,平衡感覚のバランスが崩れている事が主で,この検査を受け、早いうちに治療するのが得策と言われています。

我が家の息子も、小学生の頃に乗り物酔いが激しく、車の側へ近付いただけで、乗る前から吐いてしまう状態でした。

記憶と関連した例で、車で出かける前の「恒例」になっていました。家族としては辛い思い出でしたよ。

現代は世界中が車社会ですから、乗り物酔いは早いうちに治療に専念して、完治させるのが家族円満の方法でしょう。

本日の裏話は、家族でドライブ旅行の多い昨今、乗り物酔いに関する知識を少々ご紹介しました。

ゴールデンウイークのように、渋滞の中でこの症状が出たら、折角の楽しみが苦痛の思い出になってしまうものね~。

昭和の世代の懐かしの童謡

アメリカ横断ウルトラ・クイズの問題を見ると、時代によって傾向が変わる事があります。

何時の時代にも共通する普変の事象、その時代ならではのタイムリーな問題と二つの傾向がありますね。

例えば、現代の子供達が唄う歌にしても、テレビの人気アニメやコマーシャル・ソングなどが多いのは当然です。

また、アイドル・スターのヒット曲などは、歌詞も暗記するくらい詳しい人が多いですね。

これに対し、昭和の時代の子供達は、小学唱歌や童謡を唄う事が普通の感覚でした。

だから、唱歌や童謡のクイズ問題を出しても、挑戦者達は迷わず早押しボタンを押したものでした。

第7回のデスバレーで、童謡に関する早押し問題があり、勿論正解していました。

問・童謡「お山の杉の子」で 〽これこれ杉の子おきなさい〽 と声をかけたのは何?

答・おひさま(太陽)

解説 「お山の杉の子」は作詞・吉田テフ子、サトウハチロー 作曲・佐々木すぐる、童謡のヒット作です。

その後の詞では、〽小さな杉の子 顔出して「はいはい お日さま 今日は」〽 と答えています。

昭和生まれの皆さんに取っては、誰でも唄える懐かしい童謡の一つと言えるでしょう。

処で、この歌は全編の詞を読むと、一つの物語になっているのです。抄訳すると以下の通りです。

昔々のその昔、椎の木林のすぐそばに、小さな杉の子が生えていたのです。

太陽と杉の子の会話を聞いた椎の木が、「お前みたいな小さな杉の子に何が出来る」とバカにしたのです。

怒った杉の子は、「今に見ていろ」とばかり、太陽の光を存分に浴びてグングン成長しました。

そして、椎の木林を上から見下ろして、我々杉の木は材木となって、人々の生活の役に立っていますよ、と語るのです。

実は、この歌には元歌があって、第2次大戦中の1,944年に発表された作品でした。

しかも、元歌は戦意高揚を目的に創られていたのです。従って兵隊さんの役に立つための歌詞だったのです。

しかし、日本の敗戦で平和な時代が到来。軍歌と共に、戦意高揚の歌も消えて行く運命だったのです。

でも、この歌のメロディーは広く愛されていたので、何とか残したいとの声が高まったようです。そこで……。

戦後、皆さんが親しんだ歌詞に変更。サトウハチロー氏によって、日本昔話風のストーリーに変化し愛唱歌になりました。

本日の裏話は、昭和世代の懐かしい童謡の、意外と知られていない数奇の物語をご紹介しました。

多くの日本人に親しまれた日本昔話と同じ雰囲気。                                      流石に愛唱歌って親しみ深いですね~。

 

アメリカ横断!ウルトラクイズの裏話