日本史のターニング・ポイントは?

アメリカ横断ウルトラ・クイズの問題には「歴史」との分類があり、日本国内・外国を含めた歴史問題が毎回出されていました。

勿論、歴史上の人物の働や、偉業を含め角度を変えて設問しているので、歴史好きな挑戦者ほど勝ち残るのは当然です。

そんな中で、日本の歴史上の人物として大物三名といえば、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康しようね。

この三名は大河ドラマの主人公として、度々登場するので彼らの働に付いては日本人なら良く知っている常識と言えるでしょう。

その中でも、有名な出来事が第十五回のハワイで出題されていました。

問・城攻めの一種で、豊臣秀吉が備中高松城で用いた戦法と言えば何?

答・水攻め

解説 備中高松城は現在の岡山市北区にあり、讃岐の高松城と区別する意味で「備中高松城」と呼ばれていたのです。

1,582年に織田信長の命を受けた秀吉が、毛利氏配下の高松城を水攻めにし、梅雨時のため高松城は湖水状の中に孤立したのです。

その最中に、主君の信長が明智光秀に討たれるという本能寺の変が起きたのです。

その知らせを受けた秀吉は、直ちに毛利方と和睦を結んで、城主の切腹を見届けた後、光秀を討つため姫路へ引き返したのです。

光秀は「三日天下」と揶揄されたように、引き返した秀吉軍に追われて、下剋上の失敗者の汚名を着る事になりました。

もっとも、歴史は時の権力者が都合の良いように伝えるものです。信長のパワハラが異常過ぎたので当然の結果との説。

一方、明智光秀は人格者で、家来を代表しての謀反だったとのアンチ秀吉派も多いのが事実です。

秀吉はその後、百姓上りながら「天下を取った成功者」として歴史に名を残しますが、これも「家康」によって滅ぼされます。

これに対して徳川家康は、湿地帯であった江戸の地で江戸幕府を起こし、現代の東京の基礎を築いたのです。

従って、信長、秀吉、家康の戦国武将三名の中では徳川家康が一番の成功者と言えるでしょうね。

当時の江戸は、下水道も整った文明的な百万人の都市であり、世界一都会だったとの説もあります。

何れにしても、三百年近く内戦もなく平和な時代が続いたのですから、江戸幕府の力も大したものだったのは確かでしょう。

本日の裏話は、豊臣秀吉の出世物語の戦術のクイズ問題から始まって「日本の歴史」を少々覗いてみました。

世界中を恐怖に巻き込んだ「コロナ騒動」の中で、日本は驚異の速さで終息させ、世界のメディアから不思議がられています。

夏を越えて、第二弾のコロナ騒動が再び起こるのか? 我々日本人もビクビクものですが、こればかりは御免蒙りたいですね。

日本人は「清潔好き」「規則を守る」などの民族性が評価されているようです。早く以前の生活を取り戻したいですね~。

 

化学兵器の出発点は?

アメリカ横断ウルトラ・クイズの問題は世の中の森羅万象の知識から出されるので、幅は広く深い知識が必要です。

例えば歴史問題も、日本史だけに限らず世界の歴史問題まで幅が広いので「難問」と呼ばれるクイズも結構ありました。

世界では、昔から各国で「戦争」があったので、その中から創られた問題もありました。

第16回のレイクパウエルで、戦争に関する次の問題が出されていましたが、皆さんならどのように答えたでしょう?

問・第一次世界大戦で使われた「カラシ」の臭いを放つ毒ガス「イベリット」の別名は?

答・マスタード・ガス

解説 ドイツ軍がベルギーのイープル付近で使った事から「イベリット」と呼ばれました。

「軍事オタク」なら、当然知っているべき知識でしょうが、一般人には何の事やら解らないのが普通でしょう。

さて、純粋なものは無色無臭ですが、普通は不純物が入りカラシの臭いが出ます。皮膚に吸収されると猛烈な炎症を起こします。

戦争とは言え、余りの残酷な兵器は止めたいとの願いから、1899年の「毒ガス禁止ハーグ宣言」がありました。

次いで1925年の「毒ガス禁止ジュネーブ議定書」などが策定されましたが、中々実現には至りません。

更に第二次世界大戦では、広島、長崎に「原子爆弾の投下」があり、無差別の大量殺略が実行されてしまったのです。

「原子爆弾」「水素爆弾」は、現代の兵器として世界の軍事大国が持つようになり、これが使用されては世界が滅亡します。

そんな危機感を抱え、一九九二年(平成四年)に「化学兵器の開発生産貯蔵及び使用の禁止」に関する条約が策定されました。

とは言え、世界の軍事大国は「自分たちは核兵器を保持し」新たに開発、生産、保有はダメよ、なので説得力に欠けますね。

現代では、北朝鮮が核弾頭を運べる長距離ロケット砲の実験を次々行うなど、緊張感を盛り上げています。

更に、コロナ騒動の責任に関連し、中国の習近平主席とアメリカのトランプ大統領が舌戦をするなど険悪な状態です。

本日の裏話は、第一次世界大戦の化学兵器のクイズ問題から、兵器の進化で「原爆・水爆」へとエスカレートしてしまいました。

自然発生した「コロナ・ウイルス」も未だに解決しないのですから、人間が戦争の準備などに頭を使って欲しくないですね。

原始の時代から、ITの時代にまで発展したのですから、そろそろ争いは止めて、世界平和のために知恵を絞りましょう~よ。

 

人の運命は不可解?

アメリカ横断ウルトラ・クイズの問題には「音楽」との分類があり日本、外国を問わず音楽関連の問題が出されていました。

日本では民謡、流行歌、琴や三味線などの伝統音楽。外国なら各国の流行歌からクラシック音楽など広範囲からの問題です。

そんな中で、音楽界では最高峰と誰もが認める巨匠の問題が出されていました。

クイズの難易度では「易しい」のクラスに入る問題で、第11回の国内第2次予選「久伊豆神社」での問題でした。

問・「運命はかくのごとく戸をたたく」の言葉を遺したと言われる作曲家は誰?

答・ベートーベン

解説 「運命」はベートーベンの代表曲として、世界中のクラシック音楽ファンに親しまれている名曲です。

日本各地でも、毎年年末になると各地の合唱団が「運命」を唄い話題になっています。

そこで「運命」とは? に付いて簡単に解説しましょう。

「運命」は交響曲第五番であり「ハ短調作品67」が正式名で、ベートーベン自身が命名した訳ではありません。

弟子の「冒頭の四つの音は何を示すのか?」との質問に「運命はかくのごとく戸をたたく」との有名な言葉を発しました。

♬ジャジャジャジャーン、という動機にはじまり、人間の運命を全般的に描いているとの解釈です。

そう思って聞くと、暗ーい気分が一転して「燦燦と輝く明るい部分」に変調するなどのドラマ性が覗えます。

このような気分は、専門家によって様々に解説されていますがベートーベンの言葉ではありません。

ベートーベン自身の「運命」も山あり谷ありで、謎の部分が多いのは確かですね。

彼は二〇歳代からの難聴が徐々に悪化し、三〇歳になる前にほとんど聞こえなくなったそうです。

作曲家にとって、耳が聞こえないのは致命的です。彼は自殺を考えるほどの絶望感を味わった訳です。

しかしながら、音楽への情熱によって、この苦悩を乗り越え数々の名曲を作曲、また指揮者としても活動しています。

その秘密は「メトロノーム」にありました。全ての作品にメトロノームの速さが指定され、それを目標にしていたのだとの事。

彼は一八二七年、五六歳の若さで一生を終えました。「楽聖」と評された彼の墓地はウイーンにあります。

他の有名作曲家の墓地の中央にあり、墓石がメトロノームの形をしていて、毎年クラシック・ファンが花を添えているそうです。

本日の裏話は「運命」のクイズ問題から、ベートーベン自身の運命の話に及んでしまいました。

確かに「人の運命」とは、一寸先は闇との格言がありますが、最近は特にそんな事例が多いですね。

コロナ騒動の被害者もそうですし、検察官のトップが突然転落などもその典型的な出来事でしょう。

一寸先は闇、人の運命は不可解です。気を引き締めましょう~。