世界最高の贅沢温泉!

メリカ横断ウルトラ・クイズでは、アメリカ大陸を北極圏のバローから、南極圏のフェゴ島まで縦断した事がありました。
第12回の時で、南北アメリカ大陸をロケ、ロケハンと2度に亘って歩いたわけですが、その様な中でもう一回行けるとしたら、どこだろうと考えてみました。
もし、その様なチャンスがあったら、冬のフェアバンクスが最高だと思います。
フェアバンクスはアラスカ州の真ん中あたりに位置する街です。

アンカレッジから出ているアラスカ鉄道の終点の街ですが、この街の郊外にチェナ温泉があります。

チェナ温泉

今はどの様に変わったか知りませんが、我々が訪ねた頃には普通の温泉の他、渦巻き風呂や温泉プールがあって、家族連れや恋人同士で、年間を通じて人気を呼んでいました。
いろんなタイプの温泉など、日本でも数限りなくある、と一刀両断されそうですね。
確かに最近は各地にレジャーランドを兼ねた温泉施設が沢山有りますが、このフェアバンクスはそれらとは比べられない特徴があるのです。

は、フェアバンクスは北半球で最も明るいオーロラが見られる街なのです。
当時の情報では一年間に250日もオーロラが観察できるのです。
一番最適なのは、冬の良く晴れた夜で、2月3月には毎晩オーロラが見られるとの事でした。

フェアバンクス_オーロラ

と、なれば冬の温泉。
しかも露天風呂でオーロラを眺めながら、熱燗で一杯、などというのも夢ではありません。
私達がフェアバンクスへ行ったのは初夏と秋だったので、オーロラは見えませんでしたし、温泉にも入っていませんでした。
仕事で歩いているのですから、贅沢は言えませんが、今思えば残念な事でした。
温泉で見るものと言えば、雪見が定番です。
でも、ちょっと角度を変えて「温泉に浸かってオーロラを見る!」
このようなツアー、計画したら受けるかもしれませんね。

さて、2013年も残すところ僅かとなりました。
今回で年内の更新は最後です。
このブログを読んで下さる皆さん、ありがとうございました。
来年も記憶が蘇る限り書き続けたいと思っていますので、よろしくお願いいたします。
それでは、よいお年を!

優雅な旅を楽しんだのは誰?

メリカ横断ウルトラ・クイズのロケは飛行機やバスでの移動が基本でした。
しかし、時には優雅な列車の旅も有りました。
私の記憶では第12回のアラスカ鉄道の旅は、滅多に味わえない優雅な旅だったと言えるでしょうね。

alaska_rail

但し、全員が優雅な旅を楽しんだ訳ではなく、中には旅の間中ドキドキ不安を感じながら列車に乗っていた人達も居ました。
もう少し、詳しく説明しないと訳が解りませんね。

の回は北極圏のバローへ行って、その次のチェックポイントがアラスカ州の真ん中に位置するフェアバンクスからアラスカ鉄道に乗り、終点のアンカレッジまで560km、12時間かけて列車の旅をするというものでした。
このアラスカ鉄道は、アメリカ人ならお金を貯めて一生に一度は乗ってみたいと言われる豪華な列車です。
オリエント急行もぶっ飛ぶような豪華な作り、列車の屋根は紅葉の山々がしっかり望めるように透明の強化ガラスで覆われ、スイス、アルプス、チョモランマみんなまとめてさようなら、と言われるくらい美しい山々が望めます。

alaska_rail_MidnightSun

この列車で、アンカレッジまで旅をするのですが、その間にクイズをしなければなりません。
形式は勝ち抜けクイズ、負けぬけクイズ、の2つのパターンがあり、どちらにも入れなかった人は宙ぶらりん組となって、いつどこでクイズが行われるかわからないという不安定な状況に置かれてしまいます。
この列車に乗り込んだ人は最初18名でした。
そこで、最初の3択クイズが出されました。

・アラスカ鉄道が建設された目的は?
1、エスキモーやインディアンとの交易のため
2、石炭を運搬するため
3、ゴールドラッシの鉱夫を運搬するため

・この広大なアラスカは人口密度が低く、1・7平方キロに一人の割合ですが、グリズリーの密度は何平方キロに一頭?
1、6平方キロ
2、60平方キロ
3、160平方キロ

Grizzly

正解、②、③

この2問を正解したのはたったの3名でした。
この3名は勝ち抜けですから、もうクイズから解放され、ゆっくりと車窓からアラスカの景色を楽しみながらアンカレジまで旅を楽しむ権利が与えられました。
このアラスカ鉄道の車窓からは、雪で白く薄化粧をした山々が望め、中腹から裾野にかけては、赤、黄、緑が入り混じった紅葉の風景。
更に大地に横たわる川は清く澄み、遡るキングサーモンの背びれが車窓から見えるという夢のような景色です。
地球上の大自然の中に、まだこの様な風景が残っていたのか、と感動の連続です。
おそらく歴代の挑戦者の中で、1番優雅な旅を楽しんだのはこの3名のような気がします。
しかし、喜ぶ人の陰には苦しむ人がいる、これが世の法則。
残る15名は駅で停車する度にクイズが行われ、ドキドキ、ハラハラの連続で楽しい旅どころではありません。
しかも、負ければアラスカの荒野に取り残されるというキツーイ罰ゲームが待ち受けていました。
最初に乗車した18名の内、途中でポツリ、ポツリと置き去りにされ、アンカッレッジに辿り着いたのは15名。
残る3名は、淋しい、悲しい体験をさせられたのです。
勝てば天国、負ければ地獄、それがウルトラクイズの基本精神でした。

クイズ問題の定義とは?

メリカ横断ウルトラ・クイズでは、毎年数多くのクイズ問題を作りました。
クイズ問題に、細かな定義などは有りませんが、私は問題の責任者でしたから、当時から問題を作る作家の皆さんには、或る一定の方向を決めて注文していました。
それを思い出しながら、どのような注文をしていたのかを今日のテーマにしたいと思います。
クイズは、人間の記憶力を競い合うゲームと言っても良いでしょう。

脳

記憶力ですから、分野は問いません。
学校の教科で分類すれば、国語、算数、理科、社会、歴史、どのような分野でも良いと思います。
但し、私は答を聞いた人が、「なるほどねえ」「そうだったのか」というように、驚きや感動を与える問題を作るように注文していました。
言葉を変えると常識の盲点を突いた問題が望ましいという事かも知れません。
常識を常識通りに答えたのでは、視聴者に「何が面白いの?」と文句を言われてしまいます。
やはり、視聴者が「へー、そうだったのか」と感心する方が、番組として喜ばれるのは確かです。

の様に常識の裏を狙うと、問題作りは中々難しくなります。
でも、その難しさを超えた処にこそ番組の価値が出て来るのだ、とクイズ作家の皆さんに毎年繰り返し注文していました。
無いものねだりで、無理な注文は十分承知の上での事です。
お蔭で何年経っても忘れられないような面白い問題が沢山作られました。
先日、このブログでご紹介した「ペンギンもしもやけになる」のような、面白い問題が出来ました。

また、クイズ問題は答を聞いて楽しいものが理想でしょうね。
事件、事故、なども記憶の片隅にありますが、その様な正解が出ても楽しくありません。
例えば日本でも暗殺という手段で亡くなった総理大臣がが何人もいますが、それを答えにリレークイズのようなものは、当然不採用にしていました。

た、最近のテレビ番組で、タレントが参加するクイズですが、答えられないのが当たり前、というような難問を出すのが流行っているようです。
例えば果物、野菜、動物、鳥などの難解な漢字の読み方です。
確かに日本語の辞書にはその様に表記されていても、実際の果物屋さん、八百屋さん、スーパーなどで、その様な文字を見た事もないようなものをクイズの問題にして「どうだ、知らないだろう?」といった制作者の驕りが見え見えな問題は、見ているだけで腹が立ってきます。
その様な難問でも、納得出来る解説があるなら許されるでしょう。
そこに新しい発見があり、見た人が一つお利口になるからです。
でも、私が見たクイズではその様なフォローは何も有りませんでした。

クイズの答えは、誰もが頭の片隅にあって、しかし咄嗟に思い出せない、その辺の問題が面白いのです。
正解をを聞いても「へー、初耳!」というような問題は、あまり面白いとは言えないのでしょうね。
視聴者が一緒に考えられて、答えを聞いたら意外な事実が解る、それこそが理想の問題だと思うのです。
視聴者を置いてきぼりにして、秀才だけが正解する、そのような番組はクイズマニアにしか歓迎されないでしょうね。
但し、ウルトラクイズでも毎回、準決勝、決勝戦だけは超難問を羅列し、クイズの名人戦のような狙いで作っていました。
それは、視聴者もプロの試合を楽しむ感覚で喜んでくれたと思っています。
番組に緩急つける、ということですね。

調査で発見できなかった子孫さん

メリカ横断ウルトラ・クイズでは、時々珍しいゲストを迎える事がありました。
その代表的な例は第8回のラピッドシティーでの、豪華なゲストでしょうね。
この場所は有名な石の山、ラッシュモア山に彫刻された4人のアメリカ大統領の顔で知られた場所です。

ラシュモア山

巨大な岩山にワシントン、ジェファーソン、ルーズベルト、リンカーンと輝かしいアメリカの歴史に残る大統領の顔が彫刻されています。
この様な場所がクイズ会場となるならば、当然ゲストも世界的に名の通った人が望まれます。ご当人は無理にしても、子孫さんのような関係者が理想という事になって、人選が行われました。

候補としては、彫刻になっている大統領の子孫さんが第一の候補です。
出来れば4人全部揃えば理想ですが、それは最初から期待はしませんでした。
その他のゲストとしては、アメリカ人で、日本人が誰でも知っている有名人と的を絞りました。
その結果、奴隷解放の父と呼ばれたリンカーン大統領の6代目の子孫さん、当時中学生だった11歳の少年が見つかりました。
また、黒船のペリー提督から6代目の子孫さん。
西部劇でお馴染、アパッチ族のジェロニモ大酋長の孫で独身のジェロニモさんは当時42歳の女性でした。
「青年よ大志を抱け」で有名なクラーク博士の4代目の子孫さんは56歳の紳士、クラーク博士の銅像の除幕式には招かれて札幌に来た事があるとの事でした。
野球ファンにはお馴染み、大リーグのホームラン王ベーブルースのお嬢さんは当時62歳、彼女が27歳の時にお父さんは亡くなったそうです。
また、純粋なアメリカ人ではありませんが、孔子の子孫の女性も登場しました。
ご主人の仕事の関係でアメリカ在住との事でしたが、あまりに歴史が古く何代目の子孫さんなのか証明できないとの事ですが、中国では列記とした孔子の子孫さんで、認められている方だそうです。
更に、彫刻にあるトーマス・ジェファーソンの10代目の子孫さんは、17歳の高校生でした。

この様な世界的な偉人の子孫さん達を探してゲストに招き、クイズを行うという奇抜なアイディアも「そんな馬鹿な!」と否定される事なく実行されてしまう、その辺のパワーが当時のウルトラクイズにはあったのです。
この様な有名人の子孫さんを探す調査は何度か試みましたが、発見できなかった事もありました。

えば「トム・ソーヤの冒険」「ハックルベリー・フィンの冒険」などで知られる作家のマーク・トウェインの子孫さんをゲストに考えた事がありました。
東京ディズニーランドでは、蒸気船マークトウェイン号が人気だそうですが、この子孫さんを招いて、ミシシッピー河の沿岸の地で、ゲストクイズを計画しました。

マークトウェイン号

しかし、マークトウェインは、古い昔の人ではないのに、血縁関係が途絶えていて、直系の子孫さんは見つかりませんでした。
また、近代オリンピックの父と言われたクーベルタン男爵の子孫さんを調査した事がありましたが、あれほどの功績を遺した直系の子孫さんも、現在は残されていないという報告書をもらった事があります。
この、ウルトラクイズの調査で知った事ですが、世界的な偉人と言えども、末代まで子孫さんが健在という事は中々難しいようです。
そう思うと「子孫のために、美田を残さず」の名言は、正に的を射た言葉だったと思います。

クイズ問題から判る歴史の面白さ

メリカ横断ウルトラ・クイズでは、沢山のクイズ問題が作られました。
今、その問題を読み返してみると、結構興味の持てる歴史的な事実が覗けたりします。
私自身の経験では、中学、高校時代に歴史という科目は好きではなかったし、覚えるのも苦手でした。
でも、今クイズ問題で歴史に関する問題を見ると、興味が沸いてきて、更に詳しく知りたくなります。
昔、自分が学生時代に、このくらい興味が持てる教科書があったら良かったのに、という思いがしてきました。
といって、別に教科書問題にクレームをつけている訳では有りませんので、誤解の無いようにこの先をお読みください。

例えば第12回のグアムでの○×問題を振り返ってみましょう。

・船が出港する時に5色のテープを投げる習慣は日本人が始めたものである。

出港_紙テープ

答・○
解説
1915年に日本からアメリカに移住する、森野庄吉さんという方が初めてテープを投げた事に始まっています。
という事が解ると、あの有名なタイタニック号の出港の場面では、当然テープが乱れ飛ぶような場面はあり得ません。何故ならタイタニック号が出港したのは1912年ですから、まだそのような習慣が生まれていなかった事が解ってきます。
このような事実を知るのが歴史の面白さなのでしょうね。

また、同じ回のグアムの○×で、この様な問題も出題されています。

・横浜の外人墓地に初めて埋葬されたのは、ペリーが率いる黒船の乗組員だった。

横浜_外人墓地

答・○
解説
1854年に第1号のロバート・ウイリアムスさんという船員が埋葬されていました。
ぺリーが4隻の「黒船」を率いて浦賀沖に姿を見せたのは1853年の事でした。当時の記録を調べると、その頃、日本で作られていた最大の船に比べて
黒船は何と25倍も大きな姿だったと伝えられています。
この様な巨大な船でやってきて、鎖国をやめて開国して欲しい、と迫って来たのですから日本国中が大騒ぎになるのは当然です。
一体どのような騒ぎになったのか興味が沸いてきますね。これが幕末の歴史的大事件で、無関心な人でも歴史に少しは興味が向いてきます。

黒船の乗組員は1年間も日本で何をしていたのだろう?
現実は、ペリーは1度引き揚げ、翌年に今度は7隻の黒船を率いてやって来ていたのです。
1854年の事ですね。
この時に乗組員のロバートさんが亡くなり、横浜の外人墓地の埋葬者第1号になった事が解ります。

この様に一問のクイズ問題をきっかけに、歴史的な出来事を覗いて見るというのも、クイズの楽しみ方と言えるでしょう。
その意味ではテレビ番組で、もうちょっとクイズ番組があっても良いと思いますねえ。
お父さん、お母さんどうですか