明けましておめでとうございます。
アメリカ横断ウルトラクイズの裏話のブログを書きだしてから、2回目の新年を迎える事になりました。
そこで今日はお正月らしいお話をしたいと思います。
第7回のニューヨークの決勝戦で出題された問題の中に含まれているお話です。
問・
角兵衛獅子は、その発生した地方名を取って別名何?
答・
越後獅子(蒲原獅子)
解説
昨今のお正月にはあまり見かけなくなりましたが、日本全国の各地の新年には、ピイヒャララ…という笛の音と共に獅子舞がやって来るのが古来からの風習でした。
獅子舞が家庭を回ってくると、御祝儀を包み、一年の無病息災と平和を祈るのが、各家庭での仕来りになっていました。
この獅子舞のルーツを辿ると、発祥の地はインドだそうです。
インドから中国、朝鮮を経て16世紀頃伊勢の国に伝わり、飢饉や疫病を追い払う儀式となり、正月の恒例の獅子舞に発展したという説があります。
一方、角兵衛獅子は、新潟市南区(旧西蒲原郡)で発祥し、大道芸として発展したのです。
親方と呼ばれる大人が、貧しい家庭の子供を4~5歳の頃に買い受けて、棍棒で殴りながら芸を仕込んだのだそうです。
この芸が江戸に上って来たのは宝暦5年(1755)の事で、江戸の火災や飢饉を祈って、芸を披露したのです。
この時の親方の名前が角兵衛さんだったところから「角兵衛獅子」と呼ばれ全国的に通用する大道芸に発展したのです。
インドから伝わった「獅子舞」と大道芸の「角兵衛獅子」がドッキングして正月の獅子舞に発展したのですね。
但し、大道芸の「角兵衛獅子」は子供の虐待が良い印象を与えないので、明治時代に衰退しました。
でも名前だけは残って、正月の風物詩として日本の風習になったのだそうです。
また、親方の角兵衛さんは獅子頭を作る名人だったという説もありますが、全国的に知名度を上げたのは美空ひばりさんでした。
戦後「越後獅子の唄」を大ヒットさせ、その上映画「鞍馬天狗」に出演し、大道芸を披露する子供の役を演じました。
その主題歌が又々ヒットしたので、角兵衛獅子の名を不動のものとしたのです。
角兵衛獅子=越後獅子(大道芸)。
正月の獅子舞は大道芸ではありませんが、混同して正月の風物詩として日本人の記憶に残っているようです。
あけましておめでとうございます!
さて、今日のアタック25で「羊毛の国別生産量」という問題が出てましたが、今やオーストラリアよりも中国が上回っているのですね。
13回・奇襲Qでも羊の頭数が多い国の○×が出題されていましたが、あの時も実は変動があったそうですね。
長戸さんの本によると、空港での結果発表にて“ある挑戦者”の名前が挙がった途端、どよめきが起こったのです!
恐らく気が付いていないと思いますが、ファミ劇での再放送・2週目で確認出来ます。
真相については放送後に書き込みたいと思います!!
再放送が楽しめる材料かも知れませんね。皆さんご期待ください。
あけましておめでとうございます。
「獅子舞」のルーツはインドだったんですね。てっきり日本固有のものかと思っていました。でも、よく考えてみると、日本にライオンはいなかったわけですから、納得。
アイヌの熊送りの儀式(イオマンテ)もそうですが、古代の人たちは、森やそこに棲む動物たち、大自然を神聖なものとみなし、崇拝していたんですね。
「思いあがってはいけない、人間は謙虚に生きるべし」ということを、現代に生きる私たちに教えているような気もします。
日本に限らず昔の人間は考えの奥が深かったのですね。それが積み重なって文化や習慣となり、現代に伝わっているのです。ご先祖の皆さんに感謝して生きる、これが現代人に与えられた務めではないのでしょうか。なーんちゃって。ちょっと偉そうな事を書いてしまいました。