アメリカ横断ウルトラ・クイズのクイズ会場探しは我々スタッフの重要な作業でした。
番組が開始された時代は、アメリカが憧れの地であり、旅行ガイドに乗っているような場所をクイズ会場にしても、視聴者の皆さんは楽しんでくれました。
しかし、回を追う毎にアメリカ各地の景色がテレビで放映されるようになったため、ありふれた場所をクイズ会場には出来なくなりました。
我々は旅行者が行かないような珍しい場所を探し、クイズ会場にしていたのです。
それでも、15年も回を重ねると場所が限定されてしまい、会場探しが困難になってきました。
特に苦労したのは第16回でした。
何故なら、この回はウルトラクイズの打ち切りが決まり最終回との事だったのです。(実際は数年後に第17回がありましたが)
今までに見た事もない、珍しいアメリカを探そう、というのがスタッフの合言葉でした。
その目的で探し当てたのがキャメロンパークという片田舎の小さな町でした。
カリフォルニア州のサクラメントから車で40分ほどの距離にあるアメリカ人でもあまり知らない小さな町です。
実はこの町は、飛行機オタクが集まって出来上がった優雅な人達の町でした。
街中、どの家にも車庫の感覚で飛行機の格納庫があり、最低でも一機、多い家では三機もの自家用機を持っているのです。
彼らは車の感覚で飛行機に乗り、道路を走って町営の滑走路に向かい、そこから飛び立ってサンフランシスコやサクラメントの職場に毎日通勤していたのです。
と、いって特別の資産家と言う訳ではありません。
建築家、会計士、郵便局員、看護師、塗装職人など、どの町にも住んでいそうな庶民だったのです。
この地では、住民30人に参加して頂き、正解すれば誰か1人を指名、その人の飛行時間が総計2,000時間に達すると勝ち抜けというルールでした。
運が良ければ一発勝ち抜けも可能。下手をすれば何問正解しても抜けられない、との悲劇が待っています。
この地でもウルトラの掟、時の運が待ち構えていたのでした。
クイズ問題は、大多数が飛行機に関するものでした。
問・「星の王子さま」の作者、サン・テクジュペリのもう一つの職業とは何?
答・飛行士(パイロット)
解説 1,920年兵役でフランスの航空隊に入り、除隊後郵便輸送のパイロットになりました。
その経験で「夜間飛行」や「南方郵便機」などの作品が生まれています。
日本では自家用機の所有者といえば、大資産家と思われます。
でも、お国が変わると庶民でも自家用機が持てる。
実に驚きの国、アメリカでした。
第13回の準決勝まで進出された秋利さんがおっしゃってましたが、この回は同じクイズ研の後輩がかなり残りました。先に負けた後輩の役目は、アメリカなどにいる秋利さんらの活躍を伝えることだったそうです。当時は電子メールがなかったので、先に帰国した後輩が、直接仲間に伝えるしかなかったのです。秋利さんはこれを伝書鳩と言っていました。
我々スタッフが知らないところで、その様な影のドラマがあったのですね。
「伝書鳩」の名前でドキュメント番組が出来そうなお話、有難うございます。
こんにちは。私がウルトラクイズですごいと思っていることは、電子メールやインターネットが活用できなかった時代に特徴のある街をクイズ会場として選び、設定していたことです。今なら事前に現地の様子を写真付で、電子メールを東京に送ってもらい検討できると思います。そうできなかった時代なので、ウルトラクイズのスタッフの仕事はすごいと思います。
確かに現代はインターネットで情報収集がラクになり、隔世の感があります。
我々の時代には、無駄骨も多かったです。
でも、宝探しをしている気分で愉しんで仕事が出来ました。
またしても、昭和のギョーカイ人が逝ってしまいました…
tsutomuさんと同年代、アノ欽ちゃんらを育て、日テレの伝説バラエティー「シャボン玉ホリデー」を手掛けた、放送作家・はかま満緒さんが、月1のFM番組を普段通り収録を行った次の日に、心不全で“突然”帰らぬ人となってしまいました。享年78でした。
もしかしたら、はかまさんの存在がなければ、このギョーカイが全く別物になっていたのでは?
特に、弟子・欽ちゃんといえば知る人ぞ知る“元祖”の宝庫(日本のTVにピンマイクを取り入れた、ジミー大西さんを見て「君、天然だね!」と発した…など)だけに、土8戦争や視聴率100%男といった、社会現象も起きていなかったと思うぐらい、はかまさんの影響力が大きかったのでしょう。
18日の読売新聞朝刊一面のコラムでも、はかまさんのエピソードが掲載されてましたが、同じ放送作家としてどの様な印象をお持ちだったのですか?
改めて、はかまさんのご冥福を祈ります…
毎年色々な方々の訃報に接しますね。
同じ業界に居た方でも、全く接点の無い方もおりまして、はかま氏とは接点がありませんでした。
でも、多くの良い仕事をなさった方なのは承知しています。
業界人として、ご冥福をお祈りいたします。