自慢の出来る日本の首都

アメリカ横断ウルトラクイズの問題を振り返ると、日本の様々な歴史的出来事が解ります。

クイズ問題には、歴史との分類があり、詳しくは日本史、世界史に分かれていました。

挑戦者は、自分の得意な分野を持っている人が多く、誰がどの分野が得意なのか、互いに探りながらの戦いでした。

勿論、我々スタッフも挑戦者の正解率から、個々の得意な分野を分析し、勝ち進む人を推理して進行の材料にしていました。

そんな中で、日本の歴史的な出来事を問う問題が、第16回のサンフランシスコで出されていました。

問・江戸時代にあった「人別帳」とは、今では何にあたるもの?

答・戸籍

解説 江戸時代に作られた「人別帳」は、当初キリシタン吟味の目的で作られたものでした。

その後、享保以後には人口調査の目的で、6年毎に作成され江戸の政治に反映させていたのです。

江戸八百八町、人口100万都市と呼ばれ、当時は世界有数の大都市だった事が解ります。

しかも、日本は鎖国政策だったので、世界の列強諸国は日本との貿易を望み、唯一開かれた長崎港を目指しました。

江戸幕府が崩壊し、明治維新に突入したのも、長崎に西洋から多数の武器が輸入されたためと言われます。

維新の英雄と言われた坂本龍馬も、真の姿は貿易会社と政治組織を兼ねた商人で、武器輸入で大儲けをしたと伝えられています。

この時代の出来事は、司馬遼太郎氏の小説で詳しく描かれ、大河ドラマで何度もテレビ化されました。

従って、詳しい人もいますが、現実は司馬遼太郎という有名作家の小説が基であり、実話とは異なるという説が多いのです。

現実に、原田伊織氏の著作「明治維新の嘘」を熟読した私は、目から鱗の思いになり、歴史の不確実さに驚きました。

そもそも歴史とは、時の権力者に都合よく伝えられるというのが現実だ、と説く歴史学者が多いのですね。

と、なるとタイムマシーンでもない限り、現実の歴史を覗く事は無理でしょうね。

本日の裏話は、江戸の街は世界に自慢出来る都市だった、との話からSF小説の世界へ脱線してしまいました。

本日の結論! 歴史はアレコレ考えず教科書の通り信じるのが無難のようです。

信じる者は救われる、クイズ問題の正解は教科書の通りだからです。

 

「自慢の出来る日本の首都」への1件のフィードバック

  1. 「日本の首都」とありますが、厳密に言えば当時の首都は江戸ではなく、京都では?

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